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スイーツ王国、北海道のロイズの生チョコを頂きました。同じ北海道の六花亭やルタオはリピーターな私ですが、実はロイズはお初です。フランスのショコラとは違って、凄いお洒落な香りとか鮮烈な印象は無いですが、良い素材を使っているのが伝わって来る優しい味わいでした☆
甘いものが無いと生きていけないマンゴーのおじさんにも1箱お裾分け。マグロのように動き回り、常に躁病で居るには人並み以上の糖分が必要なようです(笑)だからおじさんのマンゴーは甘~いのかなぁ!
収穫は既に始まっていますが、まだ数が少ないので、本格化したらまたご案内します。








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春の暖かさが気持ち良すぎて怖い顔になってるマガリちゃん。食欲の秋がずっと続いていたマガリちゃんですが、このところ食欲よりも春眠暁を覚えずなようです。出るのはアクビばかり。
油断し過ぎて白パンツコーナーも見えかかっています。
あぁ、でもこの眠気わかるわかる!









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膝の上でもトロ~ンなマガリちゃん。









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10歳を迎えたノアゴンですが、、、お誕生日早々に残念な事が。もしかしたら、前回記事の写真でその変化に気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、右頬にあったあの立派な白ヒゲが抜け落ちました~(涙)







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まだ白ヒゲがあったお誕生日。お祝いのラム肉の評価をしているところ。

“ノアラン1つ星だな”

アニョ~!







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誕生日の数日後。真っ黒。
アクセントになってカッコイイ~と密かな自慢だった白ヒゲは、食卓のノアゴン椅子の下に寂しく落ちていましたとさ。







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何か問題でも?


いえいえ何も!お陰で猫ヒゲの周期って1~2年程度なんだと確認出来ましたあせる








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ストレートに甘えん坊な妹バージュ。体をギュッと短く縮めて、訴えるような瞳と可愛い声で“遊ぼ!”と誘います。女の子は甘え上手ですね。









お勧めクラシック、毎月楽しみにして下さって嬉しいです。Ameba動画サービスが無くなるの、今まで投稿した動画まで削除されるだなんてヒドイですよね。Youtube、動画の投稿も貼り方も両方わかりませんあせるだいたい携帯からは見づらいんですよね。
バッハは背筋が凛として清々しい始まりの音楽ですよね。
バッハコンクール優勝のドイツの若人、シュタットフェルトのリンク、失敗していたので前回記事に貼り直しました。良かったらどうぞ試聴してみて下さいね~。全24曲の各プレリュードとフーガが聴けるので、かなり世界観が掴めると思います。特別にてらいも無く、奇想天外なことをやるワケでも無いのに面白く聴かせるのは知性とテクニックの支え故でしょうか。センスもいいのでしょう。
故ニコライエワ女史のオールバッハリサイタルを聴いた時のような深い感動とは違いますが、圧倒的な勢いと興奮を覚えるバッハです。最近の若手では最も私の期待するピアニストの1人です。









さて、毎年、子供の日のこのGW季節には子供の頃の思い出話で皆さんと盛り上がっています。
一昨年は、子供の頃に流行っていた遊び→☆

去年は、子供の頃にやった習い事→☆

そして今年のテーマは、子供の頃の給食です。








私は渡仏までは全て公立校で、幼稚園では基本的にはお弁当持参で時々パンが出され、小中学校では給食、高校からは購買と学食もありましたがほぼお弁当でした。

今の食いしん坊でウマイモン話が大好きな私からは想像も出来ないと思いますが、私は幼い頃、激しい偏食でした。好き嫌いと言うよりも、嫌いなものしかないんじゃないかと言われそうなほどでした。更にヒドイことに、食への欲求そのものがほとんど無く、食べても小鳥ぐらいの少食でした。美味しいとか、食べたいと言う感覚がよくわからないと言うとんでもない子供でした。この感覚が高校に入る頃まで続いていたのですから、よく生きていられたものです。幼稚園の出席シール帳を見ると、半分近く病欠だったのも頷けます。自分の記憶では、それほど病気をした事も覚えておらず、幼稚園は楽しくちゃんと通ったような気がするのですが。おめでたい記憶の書き換えです。
ただ、幼稚園のお昼ご飯もいつも少ししか食べない癖に時間がかかり、みんながお散歩に行っても1人教室で食べていたのはハッキリ覚えています。幼稚園児を1人取り残して行く先生も凄いですが。バスで通っている幼稚園の周辺の道など全く知らない幼稚園児に
“食べ終わったらchat-vertちゃんもお散歩に来てね”
なんて言うのですから、幼稚園児なりにその無責任さにムッとして、見知らぬ道で毎度迷子になりそうになりながら憤ったものでした。今ならば大問題でしょうね。それこそ事故や誘拐に遭わなくて良かったです。
でも、それもこれも自分の好き嫌いの多さと食べるのが遅いせいだと思っていたので、仕方ないと思い親にも言いませんでした。








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幼い頃、選り好みが激しく少食で病弱だったノアゴン。なんだ、私の幼少期に似てたのか(笑)
その割りに背は高く、今ではグルメな食いしん坊って言うのも考えてみたら私にそっくり~!今、書いていて初めて気付きました!


当然ながら、親は心配して、一体この子は何だったらまともに食べるんだろうと困り果てていたようです。なので、6歳ぐらいに初めて食べに行った鰻屋さんで、鰻丼を完食した時の両親の驚きと喜び様は凄いもので、今でも語り継がれているほどです。
でも、これはたまたま出たホームランみたいなもので、ご飯を作る母は苦心したと思います。









ともかく野菜はほとんどダメ。食べられるのはイモ類とかぼちゃとトマトぐらい。
大根は火が通っていれば大丈夫だけれど、生はダメとか、ナスも煮たの以外はダメとか、海老とイカは新鮮な生じゃなきゃイヤとか言うややこしい好みもありました。本当にロクでもない子供ですね。ブロッコリーとアスパラガスは、マヨネーズをたっぷり付けてようやく食べられるように。ほうれん草とニンジンは、母のバター&砂糖作戦にまんまと騙され、幼稚園卒園の“すきなたべもの”の欄には、ほうれんそうのソテーとにんじんのグラッセと書かれています(笑)

苦手な野菜の中でも特に大嫌いだったのが、ピーマンとレタスとネギ類でした。ピーマン以外は未だに完全克服し切れていませんあせる









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食へのこだわりや執着が全く無いバージュ。バージュの場合、食べるよりも遊ぶのが楽しくて、あくまでも食べるのは遊ぶエネルギーのチャージでしかありません。毎日、同じカリカリをテキトーな感じで食べています。飼い主としては楽チン☆







嫌いなものはハッキリしていましたが、好きなものもよくわからなかった問題児な私も、鶏肉料理とパンがあればすんなり食べる事が判明。安上がりな子だと喜んでいた母でしたが、小学校から給食と言うことでやや焦り、苦手な食べ物の克服を無理矢理にもさせようとしました。が、ことごとく失敗に終わり、最後にはなるようになるさ~!と匙を投げた母でした。
給食では、安価で栄養価が高いピーマンが連日出て来て、ニオイだけで吐き気がする私には悪夢のような時間でした。よりによって大嫌い野菜たちに限って、給食では多用されていたので本当にブルーになっていました。
給食残し禁止のクソババア、いや違ったベテランマダムが担任だった時などは如何にして隠して残すか、脳をフル回転させたものです。牛乳は大丈夫だったので、飲み終えて開いた三角牛乳のパックの中にギュッと詰め込むのが常套手段でした。この手法は、教えてあげた友達に天才だと言って有り難がられました。
しかしこのババア、じゃなかったベテラン担任は、例え食品アレルギーだろうと、体調が悪かろうと全て食べろと言う虐待に近いほどのやり方だった為、次第に大勢のクラスメイトが私の考案した牛乳パック詰め込みを口コミで聞いて模倣したせいで、ある日、誰かがゴミ箱に捨てたブツが見付かってバレてしまい、より複雑かつ高度な技を考えることになりました。このスペシャル技は特許なので非公開です。何が何でも知りたい方は、以下の口座に3万円を振り込んで下さい。


・ゆうちょう銀行

いかさま支店

不通口座 222


chat-vert







このババ、、ベテラン担任は小学2年生相手に戦時中の軍隊さながらの強制的態度で、ともかく全員が食べ終わるまではお昼休みをさせないで待たせるのです!私は好き嫌いが激しくてもずる賢かったので、待っているみんなを前に食べるのは一度きりでしたが、不器用な子はどうしても食べられない大嫌いなものを泣きながら食べていました。自分は要領良く免れていたものの、クラスメートが泣いて給食を食べているのを見る度に居たたまれない気持ちになり、丸々と太ったベテラン担任の意地悪そうな顔を飛び下痢、いや飛び蹴りしたくなったほどでした。
しかも、やっとこさ食べ終えた後に、
“あんたのせいで待たされて休み時間が無くなったのだから、クラスの全員に1人ずつ謝れ”
と言う鬼ババア。誰も食べ終わるまで待っててくれなど頼んでないんですがね。たいていの子は1人1人に謝りながら泣きましたが、男子も女子もクラス全員が担任の傲慢なやり方に反感を持っていたので、みんながそのターゲットにされた子を責めることなど決してありませんでした。むしろその謝って回る子を庇うような返答をする子もいて、ベテラン担任の怒りに油を注いでしまったりしていました。クラスメイトの連帯感を作る為に自ら悪役を買って出ていたのだとしたら、ベテラン担任マダム大成功でした!







そんな極端な担任は他にはいなかったですし、中学にもなると給食なんかよりも勉強や部活さえシッカリやっていればOKと言う雰囲気にガラリと変わったので、正々堂々と(?)残したり、しまいには他クラスの食べ盛り男子から予約が入ったりしてあげていました。中学になっても結局、パンと牛乳とたまに出るフルーツぐらいしか食べず、あとはほとんど食べ盛りクンたちにあげていました。あぁ、何の為の給食費!と思いもしませんでしたが、なんと、いつも朝イチで給食の予約に来るMクンのお母さんが私の母に、
“うちの子がいつもお嬢さんの給食を取っちゃっているようでスミマセン”
と菓子折を頂いて、、、爆笑した問題意識ゼロな母娘でした。もちろん事実を伝えましたが、不思議そうな顔をしながらも恐縮なさっていました。







給食でパンと牛乳しか食べない私にとって、普段よりゴージャスなパンや、牛乳ではなくコーヒー牛乳やジュースが出た日は天国でした!給食のパンって時代や地域でも違うと思うのですが、私の学校は食パンではなくホットドッグ用のような細長いソフトパンでした。これがパサッとしていて味も素っ気も無いんですよね~。安物のジャムでも付いていると居ないでは大違いでした。皆さんはどんな給食パンでしたか?

そのパンではなく、揚げパンやクリームパンが稀に出る事があり、こう言う時にはここぞとばかりにMクンに
“オカズは全部あげるから今日はパンを代わりに頂戴ね!明日の焼きそばもあげるよ”
と、友好的にトレード交渉をするワケです。え、悪代官のような手口だって?
毎日、無条件で給食を貰っている手前、どんなに嫌でも断れぬMクンでした(笑)

一番好きだった給食は?と問われれば、それはバンズパン!
バンズパンって全国的には、ハンバーガーに用いる味無しパンですが、私の育った群馬では表面がややクッキー地のようでほんのり甘いパン(メロンパン風)をバンズパンと言います。生地に練り込んだ卵の懐かしい風味と、手がちょっぴりベタベタする照りのある甘さ!なんでこのパン、全国区で売り出さないのかなぁ?


皆さんの好きだった給食、思い出の給食はなんですか?