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前回の記事を転載、ご協力下さった皆さん、ありがとうございました☆
“すっかりリンクに慣れたみたいですね~!”
と言って頂いていますが、機械音痴な私のこと、たったあれだけの記事に1時間ぐらいは掛かりました~あせる
でもやっぱりリンクが出来るって便利ですね。あれこれ書くよりもパッとひとっ飛び出来れば百聞は一見にしかずですもんね!
だけど今日は、一番私にとって楽チンな携帯からのメール投稿記事にします(笑)




選挙にワールドカップにと、全国ニュースでは宮崎の口蹄疫についてほぼ全く報じられなくなりましたが、未だに感染はジワジワと拡大し続けています。宮崎市内や国富町や木城、西都などで、ワクチンの防波堤の外側で数日に一度は新たな感染が出ている状況です。
連日の豪雨で埋却地はぬかるんで、殺処分は思うように進んでいません。未だに患畜・疑似患畜の処分も相当数が残っています。これはマンパワーの問題ではなく、自然との戦いです。
川南のお隣の高鍋町で特に進んで居ないようですが、文教の町で埋める土地もあんまり余って居ないのかなぁ。



そんな中で明明後日には選挙の公示。知事もブログで書いていましたが、選挙で人や物の動きが活発化してしまえばますますウイルスがそちこちに撒かれてしまう危険が増すのです。せっかくこれまで宮崎県民は不要不急の外出も控え、消毒を精一杯やって県外への流出を防いで来たのです。今までの私たちの頑張りが選挙ひとつで無にされるかもしれません。何故02年のイギリスのように選挙延期が出来ないのでしょう?せめて宮崎だけでも延期するのが当たり前ではないでしょうか?
FAO(国連食糧農業機関)も、これだけの規模にまで拡大しているのにも関わらず、宮崎県内だけに感染が抑えられていることは凄いことだと評価しています。
たとえ国じゅうにウイルスが飛び火しようとも、まずは民主党が勝つ事が何よりも大切なんですからね!
宮崎県民より、、いえ、国民よりも大切な民主党の勝利!




ウイルスとも戦い、自然とも戦い、風評被害とも戦い、妙チキリンな言いがかりで責任を擦り付けて来る政治家とも戦い。。。宮崎は様々な敵と戦わねばなりません。
大分県の豊後大野市では、公共施設から宮崎県民を締め出すよう市がお達しを出しました。
私がお手伝いに行っているマンゴーのおじさんちも、先日大量に大分からの注文が突然キャンセルされました。
他の地域、それも隣県とあればやはり怖いんだろうなぁと思います。差別は悲しいけれど、恐ろしいと思う気持ちもわかるし、何とも肩身の狭いツライ思いです。
でも、宮崎ナンバーの車に石を投げたり傷をつけたり、宮崎の運送会社のトラックお断りと言うのは明らかにオカシイことです。間違っています。飲食店でも
“当店では宮崎の肉や野菜を使っていないので安心してお召し上がり下さい”
と言うような表示をしているところがまだまだあるそうです。
こうした表示を見掛けたら農水省などに報告し、指導して貰いましょう。




梅雨に入り、そちこちで美しい紫陽花が咲いています(写真1)。
例年であれば山のてっぺんに住む牛農家の友人宅にある梅を一緒に収穫して、立派な梅のお裾分けで我が家は梅の恵みの爽やかな香りに充たされている時期です。でも今年はありません。買えばもちろん梅仕事は出来ますが、今年はしないことにしました。こんな悲しい年の梅を漬けたくないから。
その代わり、ラッキョウを漬けました。(写真2)私はネギ類はやや苦手なので、殆んどがpopさん行き。何にでも参加したがるバージュが見ていますにゃー(写真3)
新生姜も甘酢で漬けました(写真4)。これは私も大好きで、既に半分ぐらいは食べちゃいました!




宮崎はこんなに大変な戦いをしているのを忘れては欲しく無いけれど、いくら宮崎が苦しんでいるからと言って日本人全員に笑顔を忘れて暗い顔をして貰いたくはないし、楽しむことを否定するなんて傲慢で、ヤボなことです。
いつも宮崎を応援する記事を書き、行動を起こして下さっている泉谷しげるさんもそうおっしゃっていました。



ワールドカップも、そう言う気分じゃないと思っていましたが、始まってみればやっぱり面白いもの。
私はフランス留学以前まではサッカーは全く興味がありませんでした。当時はJリーグも一部のサポーターやファンが観るものと言う感じで、日本でのサッカー熱自体も低いものでした。
しかしそれがフランスに留学したことで変えられました。なんと言っても私がパリに降り立ったのが98年のちょうど今日!
つまりフランス大会でフランスチームが優勝に向かって突き進んでいる真っ只中と言う、劇的な盛り上がりに街じゅうが熱~くなっていたところだったのです!
ワールドカップはフランス語でシャンピオン デュ モンド。この言葉がテレビ、ラジオ、街中の至るところで聞こえました。
街のそちこちで大スクリーンが設置されて、試合中は物凄い数の人が集まり観戦していました。
日本チームの試合を観戦していたりすると、慰めてくれました(笑)
フランス以外の各国の試合の度に、その国の人たちがかなり集結し左右に分かれて観戦していたのは、人種のるつぼのパリならではです。中心で応援している特に熱い人たちは、まるで自分が戦ったかのように試合終了後に相手チームの国の人と抱き合ったり握手を交わすのです。




フランスチームがイタリアを下した辺りからは更に街は加熱し、オペラ座の前の道路で車を止めて踊っている人たちも居ました。車のドライバー達もイヤな顔どころか歓喜のクラクション(あちらではそう言う習慣があります)を鳴らして一緒に騒いでいました。
フランスの試合が始まると、テレビを観て居なくても、いつ点が入ったのか、あるいは入れられてしまったのかが全てわかります。街中が地鳴りのような音と共にゴゴ~ッと揺れるのですから!
パリじゅうの人が拍手と歓声と足を踏み鳴らし(中にはフライパンを叩いている人も居ましたあせる)、車でラジオを聞いている人はクラクションを何度も鳴らして喜んでいました。そして青いユニフォームのフランスチームに
“Allez la bleu”(行け、ブルー!)
とか
“ジズ~!”(ジダンの愛称)
と叫ぶ人々。
これほど盛り上がり、喜びに溢れているパリの街を後にも先にも見た事がありません。あ、この2年後に行われたヨーロッパチャンピオンシップで優勝した時も凄かったですが。
もうこう言うことは二度と無いかもしれません(笑)何しろスター選手揃いのスーパーチームでした。
そこに飛び込んで体感出来たことはとても楽しい、素晴らしいものでした。




ワールドカップも大変な衝撃でしたが、タイトルにもしたfete de la musique(フェット ドゥ ラ ミュージック)も大感激したフランスの習慣です。
今日6月21日は夏至。1年で一番明るい時間の長い日。日本ではちょうど梅雨でジト~ッとしてイヤな季節で、私はパリに逃げたくなるシーズンナンバーワンなのですが(笑)、5月~6月のパリは最高に明るく美しい季節です。夜は10時頃まで太陽が残り、年に二回のソルド(セール)が国じゅうで実施されるのもこの時期。



様々なお祭り行事が開催されますが、夏至の今日に行われるのがfete de la musique、音楽の祭典です♪
この日は一晩中、街のあちこちであらゆるジャンルの音楽が奏でられる日。ロック、ポップス、クラシック、シャンソン、レゲエ、各国の民族音楽。。。
そのコンサートの殆んどがタダ!
特に人気があるのはレピュブリック広場で行われる、一流ロックスターのコンサート。ここは毎年、超大物を呼ぶので凄い観客数です。
当日は聴きたいコンサートを調べてハシゴする人、カフェや街角で気楽に開かれているコンサートを食事をしながら、あるいはそぞろ歩きながら楽しむ人など様々です。
しかし私たち音楽学生にとっては、6月末に進級や卒業試験が目前に迫っているので、私も5年間のうち3年間はあんまり楽しめませんでしたが。
パリら普段は騒音問題にウルサイので
“この日ばかりは!”
と夜通し練習する学生も居ます。
私にとっては最もピアノに集中しづらい、楽しい誘惑だらけの時期でもあったワケですあせる




“Ah!J'ai envie d'aller a paris!”

写真5はパリ在住者の多くが持っているミシュラン版パリ&郊外の地図と、持ち歩きに便利で後から買い足したコンパクトで安価なパリ地図。
パリの道や広場には全て名前が付いているので調べるのもとっても簡単!方向音痴でもあまり迷う心配がありません。


Bonne fete!

善戦している日本チームも応援しましょう!