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最近、更新スピードが更にスローになっていてスミマセンあせる
前回記事にはたくさんのコメントをありがとうございました。
猫カイロは特に冷え性や寒がりの方には強くオススメしますにゃー
動画1と2のストラヴィンスキーのペトルーシュカはのだめちゃんが弾いていた曲なんですね?実は未だにのだめを1つも観た事が無いので全く知りませんでした。火の鳥や春の祭典で知られるストラヴィンスキーらしい演劇性とノリのある、とっても楽しい曲ですよね♪
楽譜とCDの収納法についても様々な方法が寄せられ参考になりました。楽譜は背が高いので普通の本棚では入らなかったりと、なかなか整理が大変ですよね。
ピアノのレッスンの先生と生徒の位置関係、弾くピアノは右側か左側かと言うのも皆さんの経験談をお話し下さって興味深かったです。意外とこうした統計を取って突っ込んで研究してみると面白いかもしれませんね!
今回のコメントの統計では先生は左側、ピアノは生徒が右側と言うのが多かったです。しかし客席は必ず右側にあるのだから果たしてどちらがいいのでしょうね?
今回のことで改めて過去に教わった先生を思い返しましたが、私はかなり大勢の先生についていますね!公開レッスン等も含めると、子供時代のヤマハを抜きにしてもなんと25人でした!基本の先生だった竹島先生やメルキ先生がどんどんいろんな先生のレッスンをご紹介下さったので、この世界にありがちな1人の先生にしがらみで縛られる事が無かったと言うのが一因です。安川先生やピヒト先生のような大家、ルイサダや海老彰子さんといった憧れの方のレッスンを受けられたのは本当に幸運でした。




さて、今月21日はノアゴンの8歳の誕生日です。ご存じのように、ノアゴンは大変なグルメで哲学的でもあり、幼い頃から私のピアノをピアノの上で聴くような音楽好きな一面もあり、最近では社交の凄い手腕も見せる才気溢れる猫です。食事の際には必ず座席に着き、人の話を思慮深い表情で聞くところなどはまるで人間さながらです。
見た目も威風堂々として、バカ飼い主の欲目を差し引いてもかなりの見目麗しい美猫だと思います。



これらのノアゴンの才能は、パリのメトロやバスに揺られたり、パリから日本までエール・フランスで12時間だとか、新幹線に乗ったりと言うようなヴェルサイユ-パリ-大阪-宮崎のめくるめく経験の中で培われた、とお話して来ました。
しかし、ノアゴンは生まれながらにして特別中の特別な猫だったことはまだお話していませんでした。
これからお話する内容はアメンバー記事にしようか迷いましたが、私のブログの性質上アメンバー記事は書かない主義なのでオープンにしますが、差し障りが出るようであれば数日中に削除するかもしれません。読まれた方はどうか内密にお願いします。



ノアゴンはヴェルサイユ生まれです。その出生、受け継いだ血筋には驚くべき因縁めいた事実があるのです。
ノアゴンを下さった日仏家族のJさん宅に、ノアゴンのご先祖様の家系図があると言うのは以前にもお話しました。それには深い理由がありました。



その家系図には更に詳しいものがあり、それを遡って辿り着く一番の大元は1786年!マリー・アントワネットが溺愛して、ヴェルサイユ宮殿に併設されたあのプチ・トリアノンで“主”と召し使い達に呼ばれていたと言う、黒いオス猫のドゥドゥです。ノアゴンの大ご先祖様です!ドゥドゥの話はあまり公にはなっていませんが、フランス政府が保管する資料によると、夫であるルイ16世との生活が上手く行っておらず、贅沢三昧することだけを慰めにしていた当時のマリー・アントワネットにとってドゥドゥは魅力の塊のような存在だったようです。
ルイ16世はマリーへは忠実ではあったものの狩りにばかり明け暮れ、政治の才能も無く退屈で面白味の無い木偶の棒のような人で、オーストリアからフランス王室に嫁いだマリーにとっては様々な苦悩もあったのです。



有名な“パンが無ければお菓子を食べれば”発言など、マリーはただの浪費家のワガママ王妃と思われがちですが、幼少時代から音楽をたしなみ幼き日のモーツァルトにプロポーズされたエピソードを持つ非常に魅力的な女性だったようです。
そんなマリーの寵愛を受けたドゥドゥは、1791年にフランス革命でマリーが逃亡を計るまでの5年間に渡り、宮殿内を我が物顔で歩き回り、あらゆる食べ物とマリーの愛を一身に受けて暮らしました。(敵が少なくなかったマリーは、後々にはドゥドゥがイジメられるのを恐れてプチ・トリアノンに隠すようになったようですが。)ミシュランの査定員も真っ青なノアゴンのグルメぶりは、このヴェルサイユ宮殿華やかなりし頃のドゥドゥのDNAを確実に遺伝したものと思われます。




革命による逃亡の直前、ドゥドゥはマリーが最も信頼していたと言う召し使いのニコラに託されました。
ニコラは召し使いでありながらとても教養があり、真面目で愛情深い人でした。マリーとは深い仲だったとも考えられます。
ニコラの元でもドゥドゥは大切にされ、やがてニコラと結婚したジュヌビエーヴ夫人の連れて来たメス猫のマルグリットとの間に子猫が生まれました。



なんとこの子猫たちが生まれた日に、皮肉にもマリーは処刑されました。ギロチンを前にしてマリーが最後に言った言葉は、夫の名でも子供の名でも無く、“ドゥドゥ”だったと言うのはあまり知られていません。
幽閉生活中にも、ドゥドゥの様子を気遣い手紙を書いたマリーでしたが、その手紙がニコラに届けられることはありませんでした。フランス軍の情報を敵軍に漏らしていると言う疑いを掛けられていたのですから、外部との接触を遮断されたのは当然と言えば当然です。ニコラもドゥドゥを連れて何度かマリーとの面会を求めに来たそうですが、これも叶いませんでした。マリーが最後まで愛したのは他でも無い、ドゥドゥだったワケです。ドゥドゥに一目会いたいと言う願いも叶わぬままに刑に処されたマリーの無念さを思うと胸が痛みます。
まるでマリーの後を追うかのように、ドゥドゥもその数週間後に忽然と姿を消したそうです。



しかし母猫ジュヌビエーヴはドゥドゥの子猫たちを立派に育て、その後も脈々と受け継がれて来たドゥドゥの遺伝子。ニコラの残していた日記を元に、1900年代に入ってからフランス政府はドゥドゥの家系図を作りました。以後、特に黒いオス猫については厳重に動向が調べられるようになったのです。
と言うのも、フランス革命を起こしたのはドゥドゥではないか?との説があるからなのです!何故ならば、ドゥドゥをヴェルサイユ宮殿内に何らかの目的を持って送り込んだのは、革命の独裁者ロベスピエールではないか?と思われる文書が見付かっているのです。
ロベスピエールはある日の友人に宛てた手紙で
“友よ、この黒いオス猫には特別な能力があるようだよ!僕は確信を持って宮殿内にコイツを送り込む。”
と書いています。神の啓示を受けた猫なのか、危険因子を持った異端児ならぬ異端猫なのか?
マリーは、自らをギロチン送りにしたフランス革命を引き起こす猫を溺愛していたのだとすればあまりにも憐れです。そんな結末を知ってか知らずか、マリーを同じように愛していたドゥドゥもまたなんと言う運命を背負わされたのかと思います。



その真偽のほどはともかくとして、不思議な力を持った革命の猫、フランスの歴史を動かした猫の子孫となればフランス政府も放ってはおきません。連綿と続いて来たドゥドゥの血を受け継いでいるノアゴンの去勢手術を、ノアゴンが4歳半になるまで私たちが躊躇ったのはこの為です。
ノアゴンはドゥドゥと同じ黒いオス猫である為、年に一度はフランス政府への報告書を出す事が義務づけられています。毎年、誕生月に報告書を書くと返答が送られて来ます。(写真3)フランス政府発行のセルティフィカと呼ばれる特別認定証(写真4)とディプロムの賞状(写真5)。
これがあれば、ノアゴンはいつでも検疫無しでフランスに入れます。飼い主である私たちもノアゴンと一緒であれば、いつでもフランスの滞在許可証が与えられます。やはりノアゴンは特別待遇なのです。
これらのことはフランス革命には敏感なフランス政府の一種の国家機密にもなっているので、いつも仲良くして下さっているブロ友さん内だけの秘密として、決して口外なさらないようお願いします。
数日中にはこの記事は削除するかもしれません。


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皆さん!今日はpoisson d'avril、つまりエープリルフールですよ~(`∇´ゞ
種明かしです!マリー・アントワネットの愛猫ドゥドゥはもちろん、ニコラやジュヌビエーヴの猫マルグリット、全部ウソ!全て私の妄想話です!どなたか映画の脚本にしませんか?もちろん主役はノアゴンで(笑)

ノアゴンを下さったJさん宅にあった家系図は、ノアゴンのおじいちゃんの代からの普通の手書きの紙でした(笑)全ての猫さんの名前と、貰われ先が書かれていました。
写真の報告書や認定証は、どちらもノアゴンが日本に帰国する時にパリの獣医さんに書いて下さったものです。ワクチンの証明書と、日本の空港での2週間の係留検疫の免除を求める手紙です。(ノアゴンは幼少期に病弱だった為)
賞状は全くノアゴンとは関係なく、私のパリの音楽院ピアノ演奏家クラスの首席卒業証書です。驚くことに、この卒業証書は学校の事務局に言えば何枚でも貰えます!なので今一つ有り難みがありませんあせる




最後にひとつ、重大な秘密を。。。
実はバージュは私とノアゴンの間に生まれた子なのです!禁断の異種間の子!

はい、いい加減にしましょう!お粗末様でした。最後までお付き合い下さってありがとうございました!