小さな花と大きな木☆パリ帰りグルメ猫とピアノ日記 in 宮崎-TS2B0194001.jpg
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~ぴよちゃん里親さん募集中~
オスのキジトラ、推定9ヶ月。猫風邪で左目が天然ウインクになってしまいましたがとってもチャーミングなイケメン君!詳しくは3月25日「里親さん募集」の記事をご覧下さい。転載ご協力を宜しくお願い致します。私の所に飛べるバナーはpotojakamamaさんが作って下さったので、そちらからお持ち帰り、貼り付けて下さい!
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写真は庭に咲いたラベンダー。梅雨の合間に次々と摘んで来ては、ラベンダースティックを編んだり枕に詰めたり、タンスやクローゼットや靴にも入れて防虫防臭剤がわりにしたり。ラベンダースティックはラベンダーとリボンで簡単に編めますが、ラベンダーが乾燥していると茎が折れたり花が落ちたりしやすいので、私はフレッシュのままで編みます。ラベンダーの葉っぱを食べるのも、リボンにじゃれるのも大好きなバージュが必ず邪魔しにやって来ます(^w^)




明日7月14日はパリ祭の日。フランスではこの革命記念日を特別な思いを持って、ただ7月14日“キャトーズ ジュイエ”と呼びます。

去年も書きましたが(7月12日「パリ祭が近付くと。。。」参照)、この季節になると毎年2人の大切なピアノの恩師との別れを思い出します。1人は安川加寿子先生、もう1人は竹島悠紀子先生。お2人とも長くフランスに暮らされ、こよなくフランスを愛していらっしゃいました。フランスとフランス音楽の素晴らしさを教えて下さり、私がフランスに留学したのもお2人の大きな影響がありました。
そんなフランスを愛したお2人が、奇しくもパリ祭に合わせたような時期に亡くなられたのでした。特に竹島先生はまだ50代と言う若さ。しかもパリからの帰りの飛行機内での突然の死でした。

私がまだパリに居た頃でしたが、パリでの予定がお互いにいっぱいだったので会えませんでした。しかし、先生が日本にお帰りになって数日後には私も夏休みで帰国することになっていたので、“だったら日本でデートしましょうね”と約束をしていた矢先のことでした。



フォーレのレクイエムの流れる中でのお葬式は、みな涙でいっぱいでした。特に教えていらした芸高の生徒たちは、多感な時期と言うこともあってそのショックは相当なもので、シャクリをあげて泣いていました。同僚の先生方も悲しみに暮れていらっしゃいました。
竹島先生をご存知の方ならばおわかりになると思いますが、本当に明るくてみんなに慕われ、誰もが好きにならずにはいられないような素敵な先生でした。飛び切りのお嬢さん育ちで美人なのに、凄く気さくでおおらかで、気取らないのに上品で。。。旦那さんは旧大蔵省のトップに立たれていたような方だったのに、権力には馴染めないようなところも魅力的でした。




私は中学時代からピアノとソルフェージュの両方をお世話になったので、他のどの生徒さんよりも長く深いお付き合いで、時に母娘のように、時に友達のように接して頂きました。土日は午前中はピアノの個人レッスン2時間、午後はソルフェージュのグループレッスン3時間半でまさに1日じゅう竹島先生と過ごしました。
あちこちのコンサートやレッスン、芸大の学園祭に初めて連れて行って下さったのも竹島先生でした。先生とはいつも珍道中で、2人で笑い転げることもしばしばでした。そそっかしい竹島先生は、運転すればいきなり海まで行ってしまったり(東京人なのにしょっちゅう道に迷って、2人で爆笑しながら尋ね歩いたりしたものです!)、レッスンに伺った先生のお宅に忘れ物をしたり。
高価なシャネルのスーツを着ていらっしゃってもお構い無しで、私と一緒にその辺に座ってカレーパンにかじりついたりもしたなぁ。芸大の学食ではいつもカツカレーを一緒に食べたなぁ。



竹島先生は、ご自宅でのレッスンが終わると必ず美味しいお菓子とお茶を出して下さいました。先生のお宅は間接照明にフィレンツェやパリ直輸入の家具など、日本にいながらにしてフランス以上にフランスのような雰囲気だったので、中学か高校生の私たちには夢のようなところでした。ヨーロッパの素敵なお菓子が出される事が殆んどでしたが、私が風邪を引いていると生姜湯を作って下さったり、牛肉のしぐれ煮入りのおにぎりや、力うどんを出して下さって一緒に食べることもありました!
ある時などは、“頂き物のジュースなんだけど”と出して下さったので、“ちょっぴり変わったジュースですね~”とか言いながら2人で飲んでいたら実はカリン酒だったりしたこともありました(笑)幸い私は全く酔っぱらいはしませんでしたが、高校生にお酒を間違えて出しちゃうなんて本当に可愛い先生でした!
お酒が大好きだった先生と、今、飲んで語らう事が出来ないのが寂しくてなりません。




安川先生をご紹介下さったのも竹島先生でした。私が安川先生のレッスンを受けたのはかなり晩年でしたが、先生はリウマチのしんどさは壮絶なものだったのにも関わらず、殆んど立ちっぱなしでレッスンなさいました。
安川先生の息を飲むような気迫をビリビリと肌で感じました。音楽への情熱は並々ならぬものがあり、ご自身がリウマチの為にピアノを弾けなくなられていたので余計に指導にも熱がこもっていらしたのだと思います。
安川先生との出会いが急激に私とフランスを近付けたとも思います。


お2人を無くして今の私は居ません。
改めて安川先生と竹島先生に感謝をするこの頃です。

皆さんには心に残る先生や、恩師と呼べる先生はいらっしゃいますか?