6月娘がニューヨークからハワイに帰ってきていた時の話![]()
娘の父親とは娘が小学生になる前に養育費、慰謝料ゼロで離婚しました。
離婚の理由 記事はこちら☆
それでも父親であることには変わりないのでお互いが連絡を取れるようにしており![]()
娘も帰国の時には友達との予定を一番に入れ時間が空いた時に気まぐれに連絡を取っているような関係![]()
「何年か前に帰国した時にお父さんに連絡とって奥さんとか子供達とかと会ってその後に奥さんにご飯に呼ばれてお家に行った時に思ったんやけど。」と娘。
一人で生きられない元夫は私との離婚後、毎日頭痛薬を飲むほど嫌だった親の会社に戻り数年後に再婚。
1年365日の中でお休みを取れるのは1日か2日と言う考えられないブラックな会社です![]()
ワンマンな義理父は32歳で亡くなった一人目の奥さん(元夫の母親)との3人の子供達を自分で育てることはなく。
入れ替わり立ち替わる彼女達に面倒を見させ最終的には結婚しなかった一番下の妹さんが3人の子育てをしました。
そうした背景もあり変わった家族関係ではあったのですが義理父と上手くいかず家を出た私![]()
「幸せな家庭を作りたい。」
そう言って私を追いかけ家を捨てた元夫。
だったのですが。。。
お坊ちゃん育ちが抜けきれず温室の中でしか咲けないお花タイプの彼は全てやってもらう事が当たり前。
父親業も向かず私は愛想を尽かし三行半を突きつけ7年ほどで離婚![]()
元夫は再婚し子供が産まれても年中働きづめで休みを取っていないので子供の参観日や運動会にも一度も行かず![]()
再婚した奥さんも
「いいんよ。もう父親はいないと思ってるから、そう思う方が楽。」と言っていたそうで。
もう十分に話し相手になり他人ではなくあの家の事情が分かっている娘に聞いて欲しかったのでしょう。
娘が
「子供達はパパに学校行事に来て欲しいんやなって。なんか、子供達かわいそうやった。ほんとあの人駄目やね。」とポツリ。
暖かい家庭を作ることの願望があったにも関わらず、セカンドチャンスまで活かせていない元夫![]()
「自分の人生をクリエイトしていくカサブランカが羨ましい。俺はずっと親父のしいたレールの上ばかり歩いてきたから。」
と元夫。
自分の人生を歩きたい。。。
その意思はあるのに結局抜け出せず。
人間、よほどの強い意志がなければ長いものに巻かれてしまい人生は変えられません![]()
浮気するでもなくギャンブルしたり金遣いが荒いわけでもない。
モラハラでもなく性格に問題があるわけでもない。
それでも家庭を大事に出来ない。
父親にはなりきれない家庭人ではない男。
これは結婚をしてみないと分からないことですが、もしも夫が家庭人でなかったら家の家事や家族の問題は全て妻が一人で背負うようなものです。
それが負担にならずそれでも幸せを感じられるのなら問題はないでしょう![]()
私は協力し合う事が出来ない男性と結婚生活を続ける意思はありません。
今まで書いてきたように、私は離婚は悪いことでも失敗でもないと思っています。
あの頃思い切って離婚を決断し新しい人生に切り替えて本当に良かったと思います![]()
常に不安よりも勇気を持って人生を選んでいくとその先には望んだ幸せが待っていますよ![]()