私は昔から結婚に憧れた事はなく
今こんなにダーリンとラブラブな家庭を築けたのが嘘のよう。![]()
私の父親は典型的な亭主関白で、![]()
母を見ていると結婚は女が辛抱するもの。
そんな感じだったので結婚に対する憧れを持てなかった。
ただ、母は明るく
「笑う角には福きたる。」と言う言葉をよく言っていた。
あの母の明るさがなかったらきっと家庭がサザエさん一家のようにはならなかっただろうと思う。
父は自分が一番正しくて偉いと思っているような男だったので、
父が謝るとかお礼を言うといった事はなかった。
子煩悩でもなく覚えている言葉は
「下の子が生まれて初めて父親になった気がした。」と言うもの。
下の子というのは私より7つ年下の妹の事。
母が19歳、父が23歳という若さで私が生まれたのでまだ2人とも親になりきれずに私が産まれたのだろうと思う。![]()
未熟な親の言葉や行動には傷付いたりもしたけれど
そのおかげで自立心が人一倍芽生え、
物の見方やとらえ方考え方が大人になるのが早かったように思う。![]()
父は外面が良かった分、家の中では気難しい男でそれを見てきたので空気を読み取るのが子供ながらに早くなった。![]()
これは大人になって随分と役に立った。
私は母のようになりたくなかったし、
父のような男とは結婚したくなかったのでこれも逆に自分がどう生きたいかの目標がはっきりした。![]()
もしも結婚するのなら絶対に手をあげない男だとか優しい思いやりのある男じゃないとと言うはっきりした条件も出て来た。
父は長男なので土地も家も財産も何の苦労もなく手に入れている。![]()
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なので私からしたら少々苦労知らずなところがある。![]()
だからなのか私が家を出て自立し、
田舎に寄り付かなくなり年に一度しか里帰りをしなくなってから親に頼る事無く、しかも自分よりも稼ぐようになった娘に一目置くようになった。![]()
そして父の口から 「ありがとう。」の言葉を聞くようになった。![]()
母のする事は全て当たり前で家の中でだけは王様になれる父。![]()
そんな父が母と妹と一緒にハワイに遊びに来て私とダーリンの様子を見た時は内心びっくりしていたと思う。
日本に帰国してから父が少しだけ母に優しくなったと聞いた。
母は
「ダーリンみたいな男の人が世の中にいるなんて。」と感動していた。
うちの父のような亭主関白な男性はまだまだいるのかもしれない。
でも、それを続けていたのでは子供は成長すると近づかなくなるし奥さんも気持ちが諦めと妥協の気持ちでしかいられなくなるだろう。
いや、いられないから熟年離婚が流行ったのだと思う。![]()
定年までは我慢して、その後はやっと羽を広げて飛び立つといった。。。。
亭主関白は人は歳をとってから寂しい思いをする前に自分が変らなければいけないのではないかと思う。
私は父が嫌いではないけれど、
苦労をさせた母をこれから大事にしてあげてほしいと思う。
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