俺たちは強い! / 日高見 | おかえりなさい。 〜豊かに、丁寧に、美しく。

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メールセッションと事務の二刀流。ここでは心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくっております。あなたの美しさ、見せてください。

5/17に撮影



今朝目が覚めた時、
ふっと思ったこと。

私は今までどうやら両親にしあわせであってほしくて自分の『明』(昨日の記事参照)を与え続けてしまった。
が、本当は父も母も強いのだ。
父は母のことをしっかり守れるし(もう実体がないから自由自在だよね)(千の風になったからね)、
母は母で40歳手前で3人の子供をひとりで育てることになって、それをやり遂げて、
どういうわけか何故か弱い人ぶってるけど(言い方)本当は強い人なのだ、そもそも。

そして、
そのふたりから生まれた私が、
弱いわけがない。

私は強いのだ。



もう弱い子ぶるのやーめた。



なんて心持ちで過ごした午前中は無敵な気分だった。

私は自分の望む現実をいくらでも創造できる。



しかし夕方近くになって疲れが出てくると雲行きがあやしくなった。

そうしているうちに業務でトラブルが発生…
なんか私のせいにされて陰口叩かれてるし。
(聞こえるように陰口叩くってやつ)
(人としてサイテー ※個人の感想です)

もうマジサイテーだよこの会社。
と言いたくなる。
サイテーな奴は一部なんだけどね



今月末で終了なんだけど、もう行かなくていいっすか。



*



昨日のイタコ会での個人的収穫のひとつは、

父は今では母を護れるほど強い人だった

ということと、

父との関係=神との関係

ということだった。



早くに他界したこともあり、
また生前私たちを守ってくれていた感がなかったため、
私の中で父は優しいけれど弱い人だった。

まさか強い人だったとは…

そして母のことを任せても大丈夫だとは…



おとうさんありがとう。
おかあさんは任せた。
私は安心して仙台や石巻で
『明』に満たされ『明』に包まれ、
『明』を生み出すよ。




で、
父との関係=神との関係
について。

私は『神さまってどういう存在?』と聞かれて
「ものすごい上にいて、手が届かないくらい遠くて、私なんかの願いごとに関わっている場合ではない感じ」
みたいなことを答えた。

そう、
父は遠い遠い所にいるのだ。
もうこの世にはいない人だ。



でも、
父は千の風になったのだ。

実は父=神はそばにいてくれているのだ。



父よ、ごめんよ…

もうあまりに遠い遠い所にいると思っていたから、
仏壇に他界した母の姉(伯母)や母の兄(伯父)の写真とか飾って、彼らの命日にはお線香をあげるけれど、
実は父の命日や誕生日のことはけっこうスルーしてしまっているよ。
ごめんな父ちゃん。

そばにいてくれていたんだな。

母を頼むよ。



母も、父も、そして私も、
本当は強い。
無敵。



*



一日中、
『明』を思い、『明』につながることを心がけていた。
そうしたらふと『日高見』という言葉を思い出した。

日高見。
ひたかみ。

これは石巻の地酒で、私が一番好きと言っても過言ではないくらいにお気に入りだ。
石巻という街は北上川の河口に開けた街であるが、この“北上”の語源がおそらく『日高見』だ。

そして、
母の地元が北上川流域の岩手県北上市だ。



日高見。



* ・ ・ * ・ ・ *



何度も繰り返して書くことではないが、
マジで、
今の職場もう二度と行きたくないわ。

なんて書いて怪我や病気で行けない方向へ引き寄せを実施してしまってはつまらないので、今日はこの辺にしとこう。
今日はこの辺にしといてやらあ。

しかしそこまで不愉快極まりないのに、よく逃げなかった。
投げ出さなかった。
素晴らしいぞ。
えらいぞ。
自分の一挙手一投足をほめるの大事



* ・ ・ * ・ ・ *



まあ今日も既に眠いんですわ。
だもんで支離滅裂な文章。
しかも断片的に思い出し思い出し書いてるもんで。




今日も美しい一日だった。
あなたも私もよく生きました。

明日も美しく豊かな一日。
荒天の地域が多いようなので、お互いに気をつけましょうね。
とりあえず明日出勤できるかなあ…



お読みくださいましてありがとうございます。