
最愛の兄の誕生日に想うこと
皆さま、こんばんは。
いつもブログをご覧いただきましてありがとうございます。
昨日はまたまた想定外なところで仕事上とても重要なデータが破損する(していた)というトラブルで激凹みしているというブログでしたが、今日はまた別のことでしんみりムードのブログとなります。
・・・というのも、本日10月10日は昨年10月下旬(実際は8月下旬)辺りに約4年間の失踪を経て、たった一人で壮絶で悲しい最期を迎えてしまった最愛の兄のお誕生日だったからです。
やっぱりね、人の命や人生というのは、周囲から見て「この人は幸せな人生を全うされたんだな。」と感じられる生き方をし、天命(寿命)を全うして自然にお亡くなりになる以外の形(事故死や事件による死亡や自○などという本来あってはならない理由)で身内を亡くすと、残された家族の心の傷や悲しみは計り知れない程に大きなものとして残ってしまうものなのです。
そういう意味では僕の兄の最期やそこに至る約30年間の家族の歴史は、本当に筆舌に尽くし難い壮絶なものだったので、兄という「実体」を失ってから日が経つに連れ、「最愛の兄を失った悲しみと心の痛み」は、なんとも表現できないくらいに僕の中で日に日に大きくなっています。
想い出の場所と、兄が大好きだったラーメンの味
そんな中、今日はいつか兄と一緒に行きたかった場所(本来兄と行くべきだった場所)に、弟のような存在の親友と一緒に行って来ました。
道中込み上げてくるいろいろな想いと涙を堪えながら、親友と兄の冥福を祈ってきました。
そして、親友とのお別れ後は、「兄のお誕生日祝い」ということで、かなり久しぶりに地元「町田駅」にある兄の大好きだったラーメン屋さんに行って来ました。
考えてみたら、そのラーメン屋さんも兄が「ここのラーメンはメチャクチャ美味いんだよ!」と言って連れて行ってくれたお店でしたし、帰路に歩きながら見渡した地元「町田駅」周辺の古びた街並みは、どこも子ども時代や若かった頃に兄と一緒に歩いたり、遊んだりした思い出深い場所で、いろんなことを振り返りながらしんみりした気持ちで帰ってきました。
・・・ということで、今日は実体がなくなってしまってから初めての「最愛の兄のお誕生日」でしたが、こうして兄のことをしんみりと思い出す一日を過ごせたことをきっと兄が喜んでくれていると信じて、これからも「兄が送れなかった幸せな人生」を一つでも多く積み重ねて行き、兄に「さすが俺の自慢の弟だ!」と、向こうの世界で喜んで誇らしげに語ってもらえる人生を送って行きたいと思います。(^_^)
お兄ちゃん、お誕生日、おめでとう!
また一緒に美味いラーメンを食べに行こうね!(^_^)
(実体で満腹を感じるのは僕のお腹だけど…。)
それでは、今日も一日お疲れ様でした。
また明日のブログでお会いしましょう!(^_^)




