毒親だとか愛だとか | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
週に一度しか青空の見えない東京。

今日は台風一過の晴天と、強い風の前半。
そして風も収まった夕方。
外にはキレイな三日月🌙出ていました。



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長雨は苦手。
梅雨時なんかはだいたい気分は低め。
今年は夏も雨ばかりで、秋になってもまた雨ばかり。


だけど台風は、なにか要らないものを一緒に流してくれる。
そんな気もしています。


そんな今日は、子供たちと久しぶりにバトル勃発。
きっかけはほんの些細なこと。
でも、きっと火種はもともとあって、そこへ小さなきっかけがあったに過ぎないんだと思う。

どう考えても、子ども達は犠牲者です
久しぶりに消えてしまいたくなった。




私、ずっと思ってることがあってね。
世間でこの数年流行りの【毒親】という言葉がとても嫌いです。
それは、自分が毒親だから、と言う気持ちもあるだろうし、いくつになって親がどーだこーだと言ってんだ?と言うのもある。
いい加減自分で自分の人生を生きる覚悟しなよ!とね。

こんなにアッサリ終わる感じでもないんだけど、なんだかとても悪意に満ちた言葉な気がしてならない。
その名称の、どこにも、誰も、救われる人がいないと思うの。


そう言う重たいジメッとしたものが漂っていて、聞いても読んでも何もいい気持ちが湧いてこない。
愛がない。
この言葉を生んだ人は、どんな人なんだろう。
そこに愛はあるんだろうか。



逆に数年前まで【愛】ってなんだよ?!と、愛、愛ってうるせーよ。と思っていたのに、今となってはそれ以外に何も無いと、とても思う。

世の中も、人との関わりも。
いいことも悪いことも、楽しいことも辛いことも。苦しいことも悲しいことも。
ぜんぶぜんぶ愛なんだろ?って。


生きてることが、愛なんだろ?ってね。


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