日常の中で、極限を伝えるってなかなか難しいのかもしれないね | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川

※2017年2月22日の記事です



喉元過ぎればなんとやら。。。

 

 

子供たちのお悩みが薄くなって依頼、あんまりイライラもしないもんだから、子供ネタが激減していますね。

そもそも、このブログは私が一人目の子を妊娠したのがきっかけで始めたんですよね。

そこから数年間は、そんなわけで子供ネタのオンパレード。

 

そして、つい2年ほど前まで、イライラ死にするんじゃないか?ってほど、子供との生活は私にとって大変極まりなかった。

 

もともと子煩悩ではないこと

四六時中家に子供といたこと

 

これらが原因で、とにかく自分に返る時間の無さから、かわいいものも可愛いと思える余裕すらなくなってね。

大事で何より理屈ではなく本能で守りたいもの。

それが子供。私にとって。

 

それなのに、憎いのか??と思うくらい、もう本当にイライラしてたし怒ってばかりで、気が休まる暇もなかったな、あの頃は。

子供に辛く当たってしまう度に、自分を責める気持ちが湧いた。

子供を傷つけると同時に、その何倍も自分を傷つけてたと思う。

 

 

 

ある時、もう本当に紙一重の瞬間が何度もあって、いつでも、そこのエリアへ入れる危機感があって、取り返しのつかないことになりそうで、子供か自分が死ぬんじゃないかと思って、気が変になりそうだったな。

 

 

もうこのままでは生きていけない

 

 

そう思った。

千と千尋の神隠しの中で、想いが溜まりに溜まって「カオナシ」のお化けの状態が生まれるじゃない?

なんか、あんな感じのお化けにさ。

今にも飲み込まれて、生きてるんだか死んでいるんだか、何がどうなってしまうんだか、何が起こってもしょうがない。

そう思うほど、いろんな思いが抑圧されていたと思う。

一生懸命力いっぱい塞ぐけど、もう限界で、へとへとで、力を緩めたらとんでもないことが起こる。

圧力なべの圧が、もうマックスで、いよいよ蓋が吹き飛んでもおかしくはない。

そんな状態だったと思う。

 

 

ギリギリだった。

 

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今思えば、誰にでも助けを求めたらよかったのに、と思うけど

あの時はあの時なりに、あっちにもこっちにも助けは求めていたようにも思うのです。

 

そして同時に、手放しでやれるはずもなく、家庭を回す経済は破綻させないように、家族関係も壊さないように、子供も死なないように、私も何とか生きられるように、お金も、気持ちの配分も、少しずつ少しずつあっちに回し、こっちに回しと、出力を調整しながら、何とか何とか生きていたんだと思います。


声はかけた。

家族にも、親戚にも、近所のママ友にも、ご近所さんへも、行政の関係の人にも。

でも、私が感じるようには、誰も何も手を貸してはくれなかった。

力にはならなかったんです。


はたから見たら、さして仕事もしておらず、ただ子供とのんびり家に居るだけの暇な主婦に見えたことでしょう。

あんなに崩壊寸前だったのに。

 

 

それだけ、本人の中で起こっていることは、周りへはリアルに伝わっていないことがある、ということなんですよね。

今思うけど、あの時に声をかけた人たちが、特別わからず屋で冷たかったのか?といえばそんなことはないんです。

みんな私が出したものに対しては、出来る限りのことを返してくれていたんだと思う。

それだけ、あの切羽詰まった状態を伝えることが容易ではなかった、ということなんです。

 

本当にヤバくて、深刻な表情と言葉で話を持ち掛ければ、「気楽にね!」という言葉が返ってくる。

 

気楽にできるもんなら、今あなたに話ていない。そんな時期はとっくに過ぎている。

 

 

出鼻をくじかれるというのか。

もう話しても救われない、という絶望感で、そのあとの言葉はもう出ない。

もう出ないんです。

 

 

絶望した気持ち、今にも壊れそうな気持を、別の人に伝えるというのは、日常生活の中ではかなり難しいのだと思う。

事件が起こって、初めてそこまで来てたのか、と気が付くというか、ね。

 

お金を払ってプロに聞いてもらうこともあったけど、お金、続かなかったな。

だって、子供とべったりで自分の収入はほとんどなかったんだもん。

もし、死ななきゃならないことになるんだったら、破産したほうがよっぽどましなんだろうけどさ。

死ぬ寸前まで、生きることを前提に考えてるんだから、やっぱり破産するような使い方はできないんだよ。

 

 

 

その後ひょんなことで、その長年苦しんできた思いから解放されました。

あんなに苦しくて、考えて、対処して対処して対処してきたのに変わらなかった。

一時良い感じになっても、結局戻ってた。

それが、魔法のように改善されたんですよ。

 

 

そして今、冷静に思うとね。

やっぱり後からは何とでも言えて、あの時は、あれが最大で最善で、あれしかできなかったな、って思うんです。

全然褒められた母親じゃないけど。

何にも「いいお母さん」的なことはしてやれなかったけど。

手をあげたりもした。

身体に悪いもの尽くしの食卓だったこともある。

(おっと、これは継続中かも。。。汗)

 

それでも、やっぱり、その時々に、精一杯、あの時のいっぱいいっぱいをやってきたんだな、って思います。

あれ以上、出来なかった、って。

 

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同じように、子供を産んで幸せに生きるはずが、なんだか迷路に入って途方に暮れているママさんがもしいるなら、そして、私のこんな話でも少しは何かの役に立つのなら、体験を話すことはできるかな、と思っています。

 

もしご希望の声が出るようなら、「野生児と行く!」企画で、お茶会でもしようと思います。

無ければやりません(笑

子育てトークのプロは巷に溢れるほどいますしね。

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