子供の頃、あっという間だった40日。
私は、子どもが元々得意ではなくて、母親になってからも苦しんだ口なので、この夏休みってものがずーっと恐ろしかった。
うちは保育園なので、夏休みも春休みも無い。
年末年始に銀行と同じほどの休みがあるだけでした。
だから、幼稚園のママさん達が、ほとんど毎日2時過ぎにお迎えに行き、夏休みもバッチリあって、毎日お弁当で、水曜日は昼前に帰ってくる。と言う日々を過ごしているのを知って、その恐ろしさに冷や汗が出る程でした。
だから、去年まではこの40日の夏休みが本当に恐ろしかった。
そりゃ学童はあるから、毎日普通に仕事はできるけどね。
お弁当が要るし、全く休みを取らないわけにもいかないだろうかな、と。
ところが、まぁ昨日も書きましたが、私もろとも楽しんだ夏休みになりました(*^^*)
そして、やっぱりあっという間だった。
何をあんなに怖がっていたのだろうか?と言うくらい、呆気なく終わろうとしています。
人は変わる。
意図していく事の大切さもある。
これまで私はどちらかと言えば、意図を持って進めていく事は得意だったと思う。
力ずくで方向を変えるのも得意。
やり遂げることも得意。
何の前触れもなく、荒波に放り出されたら、必死で泳いで岸までたどり着く事もやって来た。
何かにコミットしてやり抜くこと。
独身の頃、嫌という程やって来た。
本意のこともあれば不本意だった事もある。
だけれども、1度決まった、決めたのなら『やり遂げる』というその1点にコミットして。
そうして手に出来たものは確かにある。
私は何度か書いているけれど、どうも極に転ぶみたいでさ(笑)
その、何があってもやり遂げる も散々やって来たけれど、何も決めず流れに任せて乗って進む、という事も確かにこれまでやって来た。
乗りかかった船は、港に着くまで責任もって漕ぐけれど、港に入った後は、また風が吹く方へ進むと言うような。
そんな中で、先月あたりから頭を過っていて乗ろうとしている船がある。
それと同時に、これまで意図しても何だか進まなかった事の幾つかが、今月に入ってカチャリカチャリとダイヤルが回り始めた。
それが意図せずして、断捨離となり、テトリスの空白が消える様に、カチカチカチっと空間が空いてきた感じが今、ある。
今ね、とりあえず何となくそのうち使えるかも、とか、役に立つかも、と手元に置いておいたものを、物理的にも心理的にも整理しています。
考え出すとキリがないので、ひとまず今目の前で必要がなくて、答えの出ないものだったりするものは、手を離すことをしています。
それには、これまで私のサービスを受けてくれた人のメールアドレスも含まれる。
たまに顧客様向けに送っていた一斉配信のメールで使っていました。
古い人は4年前になるもの。
新たにメールマガジンを始めた事もあり、近いうちにそちらへの一本化をしていく事にしました。
余談ですが、私20代の頃やっていたアポイント営業では、名簿を使ってました。
詳細は書きませんが、あの頃は今みたいな個人情報の規制もなくて、そういう物があったんですよね。
だから、名簿がどれだけ財産かは知っているつもり。
なんかね、その、今来ている削ぎ落とす作業の感じは、どこにも決意も意図もなくて、だから力が全く入ってない。
ただ、もうなくて良いものは手を離そう。
そう考えたわけでもないけれど、自然の流れでそれが始まっているという感じなのです。
言葉にするとそんな感じ、って事ね。
勝手に色々なことが、風化していくみたいに剥がれ始めてる。
そんな感じなのです。
そして、一方乗ろうとしている船は、こちらは完全に意図的。
これらがどんな繋がりがあって、どこへ向かいどこへ辿り着くのかは、今はハッキリしないけれど、私の中で先の先には目が向いている。
人が変わる時って、二通りあるんじゃないかな、と思う。
変える、と決めて、意図的に掴み取って変えていく事。
変わる、と決めて、自分と向き合い流れに乗って行った結果、変わっていく事。
私が今やっている、やろうとしているのは、その両方だ。
きっと。
こんな所でもやっぱり両極(笑)
去年、この後者が1度起こっている。
その結果、私には子供たちとの穏やかで楽しい時間が手に入った。
意図せず、ね。
夜中記事は、なんか長くなるしやっぱり独創的になるね(^^)
最後まで読めた人いるかしら?(笑)



