今日は、夏休み明けの週という事もあって、子供たちは2人ともお休み。
私は仕事もあるけれど、休み明けは疲れやすいしね。
コーヒーをドリップするのも一気にできない(笑)
それほど子供たちがいると、細切れに次から次へとなんかある。
何度も書いてるし、何度も思うけれど、子供との時間を楽しめるかどうか?と言うのは、やっぱりお母さんの心のゆとりが全てのように思う。
と言う、これを書いてる正に今も、書いてるそばからあーじゃねぇーこーじゃねー

おチビは椅子に座る私の膝によじ登ってきて、まぁスマホで文字も打ちにくいわな

幼稚園まで毎日家で子供を見ていると、これが丸一日24時間、365日。
途切れる事なく続く。
個人差は大きくあると思うけど、ストレスにならない人はいないと思う。
どんなに『今は子供との時間に夢中
離れたくない〜』って人だって、ため息をつきたくなる瞬間はやってくる。
離れたくない〜』って人だって、ため息をつきたくなる瞬間はやってくる。元々あんまり向いてなかった人なら、もう本当に大変だ。
子供が寝てくれる事ばかり願い、子供から離れる事ばかりが頭の中を占領し始める。
やりたい事や、しなければまずい事は細切れにしか出来ないし、考え事さえもいちいち中断を余儀なくされる。
一般的には育児ノイローゼとか言われるのかもしれないけどね。
だけど、これっておかしな話だな、と思う。
どんなお母さんだって、本当は子供が好きで好きでたまらないし、何ものにも変えがたい。
なのに、それをそのまま感じられる余裕は無くなって、子供を疎ましく、ジャマだと感じるような状況を余儀なくされる。
お母さんが1人でそれを抱えてる。
大好きで何よりも大切な子供に対して、優しく出来ない自分を責めて、でも絶え間なく制限と要望と世話とやる事に追われる時間。
大好きなのにキライになる。
可愛いのに憎くなる。
楽しい時間なのにイライラが先に立つ。
そんな自分を1番心の中で罰しているのは、他でもない自分。
自分を好きになれる要素はなくなり、酷いところばかりに飲み込まれる。
でもさ。
1人でなんて出来っこないんだよね。
いっときも放置できない赤ん坊から、目を離すと何をするかわからない幼児期。
1人の人間の目だけでは、見つめる事にも限界がある。
そこへ、ちゃんと見てあげて!と言う周りと、自分自信の理想と理性の目。
それに1人で立ち向かうなんて、出来っこないんだよ。
本来子供はコミュニティで育つ。
そう言うものなんだと思う。
だからさ。
今しかない貴重な時期、はもう当たり前でその通りではあるけれど、その時間が楽しく幸せになるか、辛く悲しい時間になるかは、お母さんのゆとりにあるのだと思う。
やる事や必要な事やいろんな事に追われて、自分を満たす事なんかどんどん後回しになるけれど、そんな時こそ、真っ先に自分のための時間を取ろう。
通り過ぎたからわかる事ではあるけれど、頭の言う事を聞いている限り、順番が逆になる。
必要な事→自分のための時間
ではなく
自分のための時間→必要な事
遠回りに見えて、1番近道だから。
長女の時は、私もしっかり順番を間違えた。
そして、本当に辛かった。
楽しいはずの旅行すら、楽しめた記憶があまりない。
今、2人目の余裕とともに、保育園にも助けられて、楽しい日々を送れるようにやっとなったんだ。
なんか、お母さんの責任を問う声が、別の事でも聞こえてくるけれど、このお母さんに厳しい目線が、もっともっと緩和されたらいいのにと、心から思う。
そんな今日のこの記事は、中断されつつ3時間かかって書き終えました(笑)
世の中のお母さんが笑顔でいられますように。


