豪華な花より一本の電話が嬉しい時ってあるよね | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
よく、テレビドラマなんかで親子の気持ちがすれ違うのを描く中に、こんな事があります。


お母さんもお父さんも忙しい。
ご飯はいつも1人でチンして食べる寂しい夕飯。
でもお小遣いはふんだんにあって、好きな物も何でも買ってもらえる。
お金持ちの家なら、いつもお手伝いさんはいてくれる。
でも、誕生日にも豪華なプレゼントはあっても親は不在。



みたいな。



なんか、ふと、これはさみしいよな。。。と思いましたです。

変な物もらうよりも、お金の方がいいドル
みたいなのは確かにあるんだけど(笑)、それはその関係性の中の気持ちの部分が満たされていてこそなのかもな、と思ったのです。


なにも親子間の事だけじゃないんだろうけど。


お金よりも、あの時一緒にいて欲しかった
傍にいて欲しかった
一緒に楽しんでほしい
一緒に過ごしたい



こう言うの、あるなぁ。と思う。


私もね、お金はもちろん普通に欲しいのだけど。

お金で買えない気持ちや愛情、共に過ごす時間や共有する喜びみたいなものは、別問題として必要です。
そう、気持ちが満たされることとお財布が満たされる事は、完全に別問題。
生きるのに足りないくらいお金がなかったら、そりゃまず金だろうけど・・・・・。

普通に暮らせてて、その後と言う前提だとさ、やっぱりお金で解決できない事ってあるじゃない?



私なら、いつもいつも、何かのお祝いに花輪だけが届く状態よりも、電話貰った方が嬉しい相手もいるかな。
もちろん関係性にもよるところはあるけどね。
おめでとうの言葉とドーナツ1個でもさチョコドーナツ
ディナーチケットをぽいっともらうより嬉しい相手はいるね。


なんか、ちょっとそんな事を思いました。

昨日は、友人があるお祝いをしてくれたのです。
今忙しいはずなんだけど、わざわざ会って一緒にご飯食べて乾杯してくれた。
その気持ちが嬉しかったなしあわせー


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