あえて策は練らずにそのままの自分を見せること | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
とても大事な存在なのだけど、ちょっとややこしくて、ちょっと面倒くさいと思っていた人がいました。
独特の世界観を持っているひと。



きっと、聞こえたものや見えたもので『こうであろう』と決められてるんだろうな、と。
何を言っても通じないのだろうと。



でも違った。


どう言えばどうなるか?
こうなって欲しいから、そのためにはどう言うのか?


とか。
そんな事は考えず、ただ今の自分の想いをそのまま伝える。
伝えてみた。


そしたら、『通じない』は、『通じる』に変わった。
そのまま受け取ってくれた。

{13AAA336-66A2-464A-8431-3F63CB9BBB1A}



私は『こうしたらうまく進む』と言うところを見るのは強みで得意で普通にできてわかる。
それは、必ず『こうなりたい』と言う結果に向かうものであるのです。


物事をすんなりと進めるには、摩擦を減らしステップを減らし、サクサクと行くのはとてもエコだし楽であるのだけど。


人と人との間では、それは必ずしも成立しない。
そこにあるのが信用だけならば、出来事や内容が全てで、やったかやらなかったか、白か黒か、と言う2択で話は進むのでしょう。

だけど、そこに信頼が介在するとき。
やったかやらなかったか、白か黒か、の答えに関係がなく

相手をそのまま見ているのか?
相手を信頼しているのか?


それが全てになるのだと思うのです。

信用と信頼の違いについては、また今度。



なんにせよ、離れていても、長らく会っていなくても、BlogやFacebookで見える面しか見えていなくても、人と人として繋がっていられる仲間がいると言うのは、私にとって、土台を支える手がたくさんあるという様な、ちょっとやそっとじゃ揺らがない、そんな強さを感じています。


いつもありがどう