人か道具か | 狭間和恵の人生を創造する数秘とコンサル【野生児的人生の歩き方】東京・品川
気を使う。空気を読む。人に合わせる。求めに答える。



こう言うのがサラリと出来ると、世間を渡って行くことが簡単になって、色々効率的で過ごしやすいのかな、と思う。
意識的にやれる人は、意図した通りに進んで行けるのかもしれない。


無意識に、そうする以外がわからない状態でやってると、振り幅も大きくあっち行ったりこっちいったり。
そして自分は置き去りになる。
なぜかわからないけど、毎日疲れて問題も多い、悩みも多いって状態になりそう。


どちらにしても、度を越すと、またはそればっかりだと、その人自身が見えにくくなって来るな、と思う。
その人自身と話してるはずが、最適化された答えばかりでその人が見えてこない。


社会的にはうまく使えばいいというのも思うけど、人としての魅力って、その人自身が見える時に輝くのではないかなと思う。


私は、個性が好き。
そつなくやってくれるのは、便利でありがたく助かるけど、人と言うより機能としての道具に近い。
必要な時だけ使う道具に近い。


心が通じ合う人がいない


って時は、自分自身が出てないのかもしれないね。


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