2009年 イタリア  A・L ゴルドーの「 もうひとつのアンネの日記 」が原作


ユダヤ人の中にも、善良な人とそうでない人がいて、

他の人の中にも、善良な人とそうでない人がいるはずなのに。


アンネ・フランクさんの人生にふれるたびに、

ドイツ軍(ナチス)は全員、人の心を持ってないように感じます。

そして、肩を寄せ合い、子供をかばったり、はげましあったりしている

ユダヤ人が、すべて被害者に感じます。


「 アンネの日記 」は小学校の頃から知っていますが、

私はアウシュビッツがユダヤ人の収容所があった場所ということと、

ここで大虐殺が行われたことは知ってはいても、

なぜ、ユダヤ人がここまでひどい扱いを

受けたのかはよく知りませんでした。

子供心にショックが強くて、

くわしく踏み込もうとしなかったからかもしれません。


戦争は善良な人を狂わせる・・・。

言い換えれば。善良な心を持っていても

良心に従うことが許されない、非道なものだということ。


生きている者が生きている者を希望を与えては打ちのめす。

生きている者が生きている者の不幸を見てはほくそ笑む。

許されません。絶対に。

もっと言うなら、たとえ死んでたって冒とくはいけない。


映画の初めに、老いたアンネのお父さんが、

多くの子供たちに話すシーンがあります。


「 もし、今日、私の娘が、50歳の誕生日を迎えることができていたら、

    きっと、君たちに楽しい話しを聞かせてくれたことだろう。

      今日はありがとう。娘の誕生日を盛大に祝うことができた。 」


その言葉に対して、子供の一人が、


「 アンネの話は聞いたけど、悪いことをした人たちが

                 なぜ、許されたのかは聞いていません。 」


と、問います。 お父さんは、それに対して

自分も、あれからそのこといついては、ずっと考えていると言います。


そして、神様は起こるすべてのことを知っているはずだと・・・。


ならば答えはいつか教えてくれますね。

そうじゃないと知っていても意味がないから・・・。と子供は言います。


私は思います。

命だけは、犠牲にする前に、知っていなければいけないんだよ。

とりかえしのつかないことは、おこなうべきではない!

戦争は、国がどこであろうと、悲しいだけです・・・。


映画の途中で、とらわれた人たちが縞模様の服を着て作業を

しているシーンがでてきました。

「 縞模様のパジャマの少年 」という別の映画で見た同じ服です。

あの映画は反対側からの目線で撮影でしたが、

立場の違う子供が死ぬということでショッキングなストーリーだけど

そもそも、縞模様の服を着せられている人たちみんな、

死ぬべき人ではなかったはずです。


命の大切さをわかったうえで、道をはずれたことをしなければならない

戦争というものが許せません。


今回の、「 アンネの追憶 」

今まで私が見たアンネ・フランクの生涯を描いた作品は、

アンネの生活や日記、人柄などについて描かれたものが多く、

捕まったあとは細かく作られていなかった印象があります。


でも、この作品は個人的なというよりも、大きく戦争や

本当に残酷な実態にせまっていました。

ひとりの少女に対する同情ではなく、世の中の不条理さを

真正面から撮ったという感じを受けます。


そして、とても深く心に残ったのは、

「 人にしてほしいことを、人にしなさい。 」 という教えについて、

元教師のユダヤ人の人がドイツの少佐に話すシーンです。


   * 人は秘密のコンパスで、本当の善悪を見分けられる力を持っている。 

     心に従うか職務に従うかは別として・・・。

     これは哲学的につながっている。


何人にも、善人と悪人がいるのに、

「 ドイツ人が善人でユダヤ人が悪人 」と言い放つ少佐に、

言った言葉ですが、深い言葉です。


すべての原点ではないかな。


「 人にしてほしいことを、人にしなさい。 」


そして、最後にお父さんが子供たちに・・・。

神は法を与えたが、守るかどうかは自分次第。

それが自由だと言います。


「人は人を攻撃してはならない・・・。

    罪をおかさなければおだやかに眠れる 」 忘れないようにしよう。


本にするにあたって、時代的な想像もまじえているとの説明もありましたが、

これは、語り続けなければいけない現実の出来事です。

原作者は、そのことを伝えたかったのではないかなと思います。