猫は、一般的に犬よりも長生きで、20歳以上の猫もみかけます。そして、癌などの致死的な病気にならなければ、最期は慢性腎不全で亡くなることが多いです。長生きした猫は、必ずと言ってよいほどに、慢性腎不全にかかるのです。ひとたび慢性腎不全と診断されると、残念ながらそれは『不可逆性』です。つまり、治る見込みはなく、病状は進行していくということです。
実は、私の飼っていたオシキャットのメス猫も、慢性腎不全で亡くなりました。10数年前のことです。彼女は、私が獣医大学に入学した当時は9歳でした。その頃から、私は彼女に何度も言い聞かせていました。『私が獣医師になるまで、病気したらあかんよ!私が獣医師になってから病気になるんやで。私が治すから!』と。
よく洗面室の洗面の中で丸くなっていました。
そして、私が獣医師の国家資格をとったわずか半年後に、彼女は突然、慢性腎不全になりました。それまでは、全く病気をせずに穏やかに過ごしてきたのですが…
猫の腎臓病の経過には、いろいろなパターンがあります。急速に腎臓の機能が落ちて短期間で亡くなることもあれば、少しだけ機能が落ちて、多飲多尿となり(腎機能が落ちてくる初期には、大量に水を飲み、大量に薄い尿をするようになります。)そのままさほど悪化もせずに数年を過ごすこともあり、一概には語れません。
彼女の場合は、徐々に腎機能が低下していたのであろうことは推測しますが、突然に激しい症状が出ました。ある日私が帰宅すると、いつもであれば、玄関までお迎えに来てくれるのがその日は来ず、お風呂場横の洗濯かごの中でうずくまっていました。抱き上げて二階の私の部屋に連れて行き、部屋の電気をつけると、彼女がビクッとしました。部屋の中で比較的大きな音がするたびに、彼女の体はビクビクするのでした。
翌日、勤務先の動物病院で血液検査をすると、びっくりするくらい重度の腎臓病と、それに伴う高カリウム血症でした。ビクビクしていたのは高カリウム血症が原因でした。そして、いろいろな検査をした結果、良くなる見込みのない慢性腎不全という診断を、私自身でしました。
とにかく喉が渇く…慢性腎不全の初期には、必要以上に水分を尿に排出してしまうので
喉が渇き、水を大量に飲むにもかかわらず身体は脱水しているという状態が続きます。
彼女も洗面台にあがって、水道の蛇口を舐め続けていました。
腎臓は、体内から出る老廃物…それはもはや体にとっては毒なので、それを濾して尿に排出させる濾過器です。イメージ的には、とても小さな小さな濾過器が何十万個と腎臓の中に内蔵されていると考えてください。
これらの濾過器はフィルターを交換するということができないので、加齢とともに目詰まりして次々と壊れていきます。そしてその濾過器がおよそ75%以上壊れてしまうと症状がでます。つまり、体内の老廃物を濾して尿に排出するお仕事は、実質全体の25%の濾過器で仕事を賄っているのです。稼働している濾過器が25%以下になると、24時間濾過器を稼働させても仕事を終わらせることが出来ず、結局は体内に老廃物=毒がたまってくることになり、体がだるくなり食欲が落ちて痩せてくるのです。
私は自身の獣医師としての勉強もかねて、猫の腎臓病について深く深く勉強しました。ちょうど大阪で大きな学会があり、プログラムをみると猫の腎臓病についての最新情報のコマも複数あったので、もちろん参加して、丸1日、猫の腎臓病の勉強をいたしました。
ところが、勉強してわかったのは、『猫の慢性腎不全を治す方法はない。』ということでした。愕然としました。猫の慢性腎不全に対する治療としてあるのは、腎臓の濾過器が壊れていく速度を遅らせることと、残っている少ない濾過器になんとか快適に1日のお仕事をしてもらうように、環境を整えることです。根本的に、壊れた濾過器を蘇らせる治療などは無いのでした。そんなことを、獣医師になって動物病院に勤務して初めて、気づきました。
そうこうしている間にも、彼女は日に日に弱り、全く食べなくなりました。彼女は私にとって、獣医師になって初めて主任として担当する患者さんでした。治す方法はないけれども、とにかく何かしなくては!とそのときは思いました。出来ることは、毎日病院に連れて行って点滴をすることです。
毎日、車の助手席に彼女の入ったケージを載せて、勤務先の病院へ連れて行きました。彼女は、ヒトの膝に乗ったり抱かれたりするのが嫌いな子だったのですが、車の助手席にケージを載せて扉を開けると、彼女はやせ細った身体でふらつきながら、必死で運転席の私の膝の上に乗ってくるようになりました。
そんな生活が50日くらい続いたある日、それは11月30日でした。彼女は毎日点滴をしていましたが、一口も食べていませんでしたので、ここ5日間は眼も見えなくなり、意識も混濁して、もう私の膝に乗ってくることもなくなっていました。12月になったら安楽死しよう…そう思っていた朝、痙攣が起きて、その後息を引き取りました。彼女はきっと、私の考えていることがわかって、気を遣ってくれたのではないでしょうか?最期に気を遣わせてしまって、ごめんなさい。
先日も、猫の腎臓病の治療薬にAIM製剤が有効で、近いうちに実用化されるという記事がありましたが…人間の慢性腎不全にも人工透析が第1選択の治療法というのが現状です。
今の猫ブームのその先に、10数年後には腎臓病の猫が爆発的に増えるのでしょうか?それまでに画期的な治療法が見つかることを願っています。
こちらのお話は、『まいどなニュース 2019年9月26日号』にも掲載されています。

