その後は、ワクチン接種などを除き、健康であれば動物病院へは用事がありません。犬は、病気でなくとも毎年春には、フィラリア予防薬の処方や狂犬病注射を打ちに、動物病院へ行く用事があるのですが…。

 

 避妊や去勢手術には賛否両論があるようですが、動物病院の獣医師としては、200%!しておくことをおすすめいたします。『元気な子にメスを入れるなんて…』とおっしゃる方がおられますが、元気なうちに行っておくことで、高齢になるとかかるかもしれない厄介な病気を予防できます。『自然なからだで生かしてあげたい…』とおっしゃる方もおられますが、そもそも人間社会の中で一緒に生活を送ること自体が、自然ではないと思います。人間同様に、お年ごろになれば異性に興味を持ちます。その時に、彼女(彼氏)が見つけられるでしょうか?難しいと思いますし、その様な気持ちは抑えてあげなければストレスとなります。

 

 猫の場合は、避妊・去勢手術をしていないと、春に発情して家の外に飛び出し交通事故に遭ったり、雄猫は彼女の取り合いで喧嘩をして、ケガをしたりします。雌猫が外に出ると、望まない妊娠をしてしまうこともかなりの確率であります。そうなっては困るので、獣医師の説得に応じて避妊手術をされる方が多いのですが、雄の去勢手術は、希望されない方が多い気がします。特に…男性の飼い主さんが頑なに去勢手術を拒むことが多い印象ですが、なぜでしょうか?

 

 私は動物病院に10年以上勤務してきて、犬や猫で『小さい頃に避妊・去勢さえしておけば、こんな辛い思いをせずに済んだのになぁ…』と思うことがしばしばあります。

 

▲まだ1歳にならない頃の初々しい小鉄君。

 この後外で喧嘩するようになり、ヤサクレていきました…
 

 『小鉄君』は2009年生まれで、今年10歳になる白黒柄の雄猫です。当初は去勢されておらず、田舎で飼われていたので、外にも出かけることが許されていた猫でした。そのため、しょっちゅう喧嘩をして、前肢や顔や背中を咬まれて膿んでしまい、そのたびに病院へ連れてこられていました。飼い主さんも慣れたもので、当初は喧嘩して腫れるたびに病院へ連れていらっしゃいましたが、そのうち動物病院での治療方法を習得され、軽傷の場合には自宅で手当てをなさることもありました。

▲ 喧嘩で顔をけがした時の定番の包帯の巻き方です。

 勝手に『アメフト選手巻き』と呼んでいます。

 小鉄君はあらぬところを見つめ相当険しい表情をしています

 

 ある時は顎に大きな膿瘍(膿が溜まったふくらみ)が出来ていたため、切開して傷の洗浄に何日か通っていただき、傷がきれいになったところで、医療用ステープラーで縫合して帰られました。それなのに小鉄君は、その翌日には再び大喧嘩してステープラーを全部外し、傷口が開いたままで自宅に帰ってきました。小鉄君はそんな、喧嘩っ早い猫ですが、首輪にはなぜか可愛らしい赤いイチゴの形の鈴がついていました。そして、我々が傷の手当てをする時には、じっと痛みに耐えておとなしくしていて、『先生、すまんこってす…』とでも言ってるようでした。

 

 私はそんな小鉄君の膿瘍の治療をするたびに、『去勢をすれば今ほど喧嘩しなくなるので、小鉄君の健康のためにもなります。手術にはちょっとお金はかかりますけど、結果的に喧嘩によるケガの治療代より安くつきますよ。』とお話していました。そして、2年前に…ついに、小鉄君の去勢手術をすることになりました!いつものように、小鉄君が喧嘩して左耳を咬まれ、膿が出て顔がドロドロになって来院した時、傷の洗浄をするために全身麻酔をかけなくてはならなくなりました。あわせて同時に去勢しては…という提案に、ついに飼い主さんが同意されたのです。

 

▲イチゴの形の鈴がトレードマークの小鉄君

 

 手術は問題なく終わり…そしてその後、小鉄君は急速に喧嘩に興味がなくなっていきました。外にほとんど出なくなり、体重は4.4キロから5.4キロに増え、いつも険しい顔つきだったのが温和な穏やかな顔になりました。もう、喧嘩をして膿瘍を作って動物病院へ来ることもなく、お昼寝ばかりの、平和な日々を送っています。でも…小鉄君にとっては、いったいどちらの生活が良かったのでしょうか?私はもちろん、猫の飼い主さんには『去勢して室内で飼ってあげてください。』と申し上げておりますが…。小鉄君は何も語りません。私は動物病院でしか小鉄君に会えないので、ちょっと寂しいです。

 

 

なお、こちらのお話は『まいどなニュース 2019年6月8日号)にも掲載されております。

https://maidonanews.jp/article/12439633?page=1