つい最近も、『犬を飼うと死亡リスク低下、ひとり暮らしで顕著 スウェーデン研究』と新聞に載っていました。また、『犬が飼われている家庭で育つ赤ちゃんは、感染症や呼吸器疾患にかかるリスクが軽減 フィンランド研究』というのもありました。このように、人間が動物と生活することには、精神的にも肉体的にもさまざまな利点があります。
しかし、高齢者が動物を飼うときには、『自分と動物の寿命』が大問題となります。自分が亡くなったときにこの子はどうなるのか?動物を飼うからには、最期まで責任を持って飼わなくてはいけない、というのは正論です。だからといって、自分がその動物よりも先に亡くなってしまうリスクを考えて、動物を飼うのを諦めてしまう高齢者が多くいらっしゃることは、残念でなりません。
ひとり暮らしの高齢者こそ、動物と暮らして心身ともに健やかにお過ごしになっていただきたい…と私は思います。もちろん、その高齢者が先に亡くなっても、動物を最期までお世話するシステムは必要ですが。
そして、高齢者が飼う動物は、どんな動物でも良い訳ではありません。高齢者に適した性格の動物が必要です。相性の悪い動物を飼ってしまうと、悲劇です。
今日は、相性の悪い猫を飼ってしまったことで悲しい結末となってしまった、おじいちゃんのお話をいたします。
そのおじいちゃんは、本当におじいちゃんでした。喋り方もゆっくりで、とてもマイペースにお過ごしでした。動物病院の診察時間というものは全く気にならないようで、好きな時間に診察にいらっしゃいました。ある時は休診時間に病院に来られて、入り口から中をのぞいておられたので、呼び止めて診察をしてさしあげたこともありました。そのおじいちゃんはひとり暮らしで、娘さんは隣の県に嫁いでおられました。どういう理由かはわかりませんが、年末年始とお盆は、その娘さん家族がおじいちゃんの家に来るのではなく、おじいちゃんが隣の県の娘さん家族の家に行くことになっていました。おじいちゃんは四駆に乗っていらっしゃったので、雪道もへっちゃら…?それも、危ない話です…
動物好きは遺伝すると私は思っていますが、そのおじいちゃん家族も皆動物好きでした。ある夏におじいちゃんが娘さんの家に行くと、娘さん家族が飼っている猫が出産して、子育て真最中でした。たくさんの子猫に囲まれて、おじいちゃんは幸せな時を過ごしました。しかし、別れのときがやってきて、おじいちゃんはひとり寂しく帰らなければならないのでした。別れを惜しんでいると、お孫さんから「おじいちゃんも1匹持って帰ったら?」と言われたそうです。おじいちゃんは嬉しくなり、「ではその赤いのをもらって帰るとするか。」とおっしゃいました。(昔の人は、柴犬よりもう少し赤茶色の被毛をもつ犬を赤犬と言ったそうですが、おじいちゃんもそれでこの猫を赤とおっしゃったのですね。)そして、おじいちゃんと一緒に車に乗ったのが、オスの赤シマシマ猫、『あか』ちゃんでした。
実は、おじいちゃんは、以前飼っていた猫が亡くなってからずっと、猫が欲しかったそうです。新聞に子猫の里親募集が掲載されるとすぐに連絡をするものの、おじいちゃんの年齢を告げると、相手の方はことごとく里親をお断わりしたそうです。ですから、おじいちゃんはとても嬉しかったのだと思います。赤シマシマ子猫、あかちゃんとの生活…。
しかし、おじいちゃんの家にただひとり連れて来られたあかちゃんは、当時生後2カ月足らずで、まだまだ兄弟達と遊びたい盛りでした。あかちゃんにとってみれば、そんな楽しい毎日からいきなり、同じ動物といっても動きの緩慢なおじいちゃんしかいない、退屈で退屈な日々が待っていたのでした。
あかちゃんは遊び仲間が急に消えてしまったので、仕方なくひとり遊びに専念しました。おじいちゃんの枕元にあるお薬やお茶セットや、いろいろな道具をおもちゃにして遊びました。しかし、この行為はおじいちゃんにとっては、ただの迷惑ないたずらにしかすぎませんでした。そうでなくても、一日の大半を布団で横になって静かにしていたいおじいちゃんには、若いあかちゃんの騒がしさは許容できず、ついにケージの中に閉じ込めてしまいました。
もちろん、たまには外に出すのですが、ずっとケージの中に入れられてストレスを感じていたあかちゃんは、外に出されると爆発し、大暴れしました。そして、おじいちゃんの手に負えなくなり、すぐにケージに戻す、でもかわいそうになってまたケージから出す、暴れる…そんな負のスパイラルに陥っていました。しかも悪いことに、おじいちゃんの家に訪問者は滅多になく、家の窓は全てすりガラスなのでした。
ケージの中でも、せめて外の景色がみえれば、飛んで行く鳥達や風にそよぐ木々や木の葉を観察して、退屈をしのぐことが出来ます。あかちゃんの心にも少しは良い影響を与えられたはずですが、それもままならず、おじいちゃん以外の動物ともコミュニケーションを取れず、あかちゃんはほぼ『社会的隔離』状態のまま、大人になってしまいました。
社会的隔離と言えば、人間では『カスパー・ハウザー』が有名ですが、猫にも『社会化』は必要です。社会化が出来ていないあかちゃんは、他の動物、それは猫でも犬でも人間でも…が近寄るとすぐに耳を後ろに最大限寝かせて瞳孔を散大させ、低姿勢で唸りました。そして、ちょっと触っただけで酷く驚き、咬みつきました。抱き上げようとすると激しく抵抗して、逃げ回りました。これでは、あかちゃんにとってもおじいちゃんにとっても、辛い日々だと思います。
しかし、おじいちゃんにとっては、こんなあかちゃんでも人生無二の相棒です。おじいちゃんは、ある日、あかちゃんのご機嫌をとろうとして、スルメをたくさん与えてしまいました。スルメを与えすぎると、猫は下痢をしてしまうことがあります。おじいちゃんが下痢をしていたあかちゃんを動物病院に連れて来られ、私が診察をいたしました。食欲も落ちて嘔吐もあったため血液検査をしてみると、肝酵素の値が軽度上昇していました。
おじいちゃんにそのことを告げると、とても心配して、「入院させてやってくれ。」とおっしゃいました。私は、『これはあかちゃんの社会化教育にはまたとないチャンスかも知れない!』と思いました。そこで、喜んで?預かることにしました。
動物病院には、たくさんの人間と、犬猫や鳥がいます。あかちゃんには、毎日これらの動物と過ごしてもらうことにしました。私は休診時間に、あかちゃんをケージから出して、院内を自由に散歩させました。しかし、あかちゃんはなかなか他の動物と馴染めませんでした。その後、肝酵素も参考値内に下がり、元気食欲も回復したため、それでも少しは社会化教育にはなったかなと思い、あかちゃんを退院させることにしました。
ところがある日、おじいちゃんは、病院に入院してしまいました。
あかちゃんがおじいちゃんの両腕を何度も何度も噛みついて、おじいちゃんの両腕は腫れあがり、生活出来なくなったとのでした。本当に悲劇でした。こうなるとあかちゃんの面倒をみる人もいないため、再びあかちゃんも我が動物病院に預かり入院となりました。預かっている間は、再びあかちゃんの社会化トレーニングを続けました。
しかし、おじいちゃんとあかちゃんが共に退院して、またふたり暮らしをすることはありませんでした。ある日、娘さんが車で動物病院に来られて、あかちゃんを引き取ってお帰りになりました。
その後、おじいちゃんがどうされたのかはわかりません。あかちゃんとの生活が突然終わってしまい、おじいちゃんの心が病んでしまわれないか心配でした。しかし、動物を飼っていない高齢者に、動物病院は無縁です。私が連絡する理由もありません。
一方のあかちゃんは、生まれたところへ戻ることとなり、兄弟やお母さんとまた一緒に暮らすことになりました。きっと社会化も成し遂げることが出来たことと思います。
このように、人間が動物と暮らすのは良いことですが、相性が大切です。あかちゃんは若く、遊びたいばっかりなので、飼う人間も若くて、出来れば子供たちと暮らすのがいいと思います。あかちゃんがもう少し、せめて3歳くらいだったら…おじいちゃんともうまく暮らせたのかも知れません。おじいちゃんは、以前飼っていた老猫そのままのイメージであかちゃんと暮らし始めたので、うまくいかなかったのでしょう。
動物を飼うときには、その子の性格を見極めて、自分との相性を考えることが大切です。また、その動物が年齢を経ることにより、ある程度性格も変わっていきますので、年齢もひとつのポイントになります。その動物が小さい頃から飼いたいと思う方は多いと思いますが、落ち着いた大人の動物もまた、魅力的だと思います。