久しぶりに大泣きして、泣き疲れた…
それに、午前中の庭木の剪定。
朝方まで起きていたけど、今朝はグーちゃんの
猛烈アタックで4時には起こされ
なだめてもグズって5時まで付き合って、その後7時半まで寝かせてもらい 起床。
父が今日は 健康診断と会議で仕事はお休みなので、いつもよりゆっくり目な朝。
まぁ、その後は二度寝などする余裕は無くてドタバタと。
父が健康診断に出掛けてすぐに、私は高枝切りバサミと脚立を取り出し庭木の手入れ。
午前中大体掛かって剪定を終わらせて早めの昼食の支度をし始めた所で、小林麻央さんの訃報を知らせるニュース速報を見た。
文字を読んだ瞬間、前から後ろから同時に胸を強く叩かれたような いっとき息が出来ないような
そんな感じだった。
それから お昼ごはんだったけど あんまり味を覚えてないや。
いつもなら、ココで 海老蔵さんのブログを見る事から始まるのに 今朝はいつもと違って見てなくて
速報見てから、慌てて海老蔵さんのブログを見ようとしたけれど 誰もが思う事は同じで なかなかアクセス出来なかった。
麻央さん、麻耶さんがお二人とも20日に更新してからパタッと更新が途絶えていたから
きっと麻央さんの調子が良くなくて麻耶さんも看病に専念されているんだ とは思っていたけれど
また少ししたら、お二人の笑顔の写真が見られるものと勝手に思い込んでいたから
海老蔵さんのブログにアクセス出来ない そんなに長くなかっただろう時間は すごく不安になって。
見れても、その先へ、前の記事へは続いて見れなくて また不安な時間でした。
テレビのワイドショーからは
海老蔵さんの会見を拝見するまでは、色々言わずに待ちましょう と声を詰まらせて話す声が聞こえて 次には言葉に詰まりCMに。
誰もが動揺を抑え切れない状態で、そう思ったらご家族の気持ちを思ったら 計り知れない想いを
分かり得ないのに考えて、またぎゅーってなった。
まだ余り色々言わないワイドショーを眺めながら涙がこぼれて そうして海老蔵さんの会見が始まって 憔悴しきった海老蔵さん、でもちゃんと話そうと涙を流しながらも 話す声が、表情が、想いが全てに涙して。
もうとめどなく溢れる涙、
あぁ、私 また泣けるようになったんだ
と思った。感謝します。
海老蔵さんの会見後は、各社 待ち侘びていたかの様に秘蔵映像を流し始めて 食い入る様に 勝手に溢れ出る涙を拭きながら見てました。
もうこれ以上泣いたらヤバいと気付き、他の事をして 外の空気を吸って 庭の水まきをしていたら
いつもゴールデンのマロン君を連れて歩くお父さんがマロン君のお迎え前に立ち寄って下さって
最初は 庭木の話だったけど、そのうち麻央さんの話に。
マロン君のお父さんも、奥様を麻央さんと同じ病気で亡くされたのだと。
奥様がお亡くなりになられているのは伺ってはいたけれど、立ち入った事は…
それも、早くに亡くされていたそうで もうテレビを見ているのが辛いと。
思い出すのだと仰って。
幼い子供達が居て、奥様が居て、この先永く連れ添うのだと思ったところで病に倒れ 還らぬ人になり 重なるところがあるから辛いと仰ってました。
そのお子様も、もう所帯を持ち 自分は隠居生活で今は気儘にしていても こうしてふと思い出し今でも切ないと話をして下さって。
私も母を病気で亡くしたから、寂しかったり辛いと思う気持ちは分かるつもりだけれど 家族の時間を道半ばで切り裂かれる想いまでは分からないから聞いていても切なかった。
看病する側は、お医者様からも色々な話を聞かされ その もしも に備えているつもりで支えようとする。
何かの時にも、不安にさせない様に 大丈夫 を繰り返し 自分の中の不安を押し殺す。
それでも何か出来る事をひたすら探して、アレもコレもとしようとする。
天気も天敵の1つだと思う。
麻央さんも21日の悪天候に少なからず、左右されたのではないでしょうか…
何でもしてあげたくても、天気はどうしようもなくて ただ明日も穏やかであります様に と夕焼けを眺めるしかない。
私の母が緊急搬送された前日も、天気が崩れて 伴って調子も崩れてしまったから。
もうテレビを見ると、勝手に溢れ出る涙を抑える事が出来ないと分かっていながら 元気だった頃の姿や仲睦まじくお二人でやり取りしている姿、子供達に注ぐ愛情などを瞼に焼き付けたい思いに負けて見てしまい、結局箱ティッシュが手離せない状態に。
昨日の寝不足、午前中の汗かきかき仕事、午後の大泣き
全部まとめて ドッと疲れてしまいました。
合わせて、明日目覚めた時 瞼が重いんだろうと今から気が気じゃない。
旅立ってしまった事は、とても哀しくて辛くて切ないしやり切れない。
でも、麻央さん、海老蔵さん、麻耶さん、皆さんの愛に触れることが出来た事は 病んで擦れて渇ききっていた私の心に 優しく湧き出る泉のように そっとそっとしみてきて温めてくれました。
私も人に優しくしようと思わせてくれました。
だから、とても感謝しています。
これから 色々な朝を迎えるご家族の方に いつもの陽が射し込む朝はいつかきっとやってくる。
それに気付いてもらえる穏やかな心を取り戻すには時間が必要でしょうが 焦らず その時の自分に正直で その時の気持ちを大切にして頂きたいです。
私は母が亡くなってから、母の代わりにはなれないけど 母がやってきた事の真似事をこなそうとして それに必死で 涙が枯れてしまいました。
哀しくても、切なくても泣けなくなっていました。
もうじき 母の新盆を迎えるにあたっての準備をしていますが、恥をかかないように 常識の範囲で
と「供養」ではなく「行事」として扱ってきた事に気付きました。
一周忌目前にしてやっと。
でも、気付いたけど 感情という袋を開くのは危険です。私には。
袋を開けたら、自分で収集つかなくなるかもしれない不安があるから。
だから、その袋を開くのは1人の時間だけにします。
今まで通りだけど、今までとは違って涙が溢れるかも。
母の事に関しては、不安な気持ち、焦る気持ち、哀しい気持ち 負に繋がる気持ちはずっと抑え込んで来たから 解放する方法を忘れています。
少しずつ解放出来れば良いけど、出来ないかも。
もう少し、気持ちが落ち着いたら寝よう。