続きを書くのに頭を整理しないと…
あまりにも沢山の事があり過ぎて
サラ金借金清算の後、私は誓約書と離婚届を書かせました。
でも効果など無かったみたい…
いっときは、全てがクリーンになって普段の生活が戻り幸せだったと思う。
いつからか…
元々 ヤツ(もう元旦那なんて面倒臭くなって来たので)が大事にして来たのは
酒、テレビ、マンガ
飲酒量は、4リットルの焼酎ボトルを数日で空ける。
グラスは特大
何度もおかわりに立つのが面倒だとか。
ならテキトーなところでやめればいいのに…
グラスに注ぐのは、グラスの8割が焼酎 残りがサワー
飲めたモンじゃない。
お店で出されるサワー、ヤツに言わせると
水
だから外食しても、やたら在店時間が短いし
並んで待つなんて論外。
コッチがたまには家事から離れて、人に作って貰う美味しい料理を食べてゆっくりしたくても
料理に興味がないし、先ず好き嫌いが多くて口にするものが決まってるから いつも定番。
そして何より 食 に関心がない。
外食したとしても、行くところといえば
焼き肉か
居酒屋のみ
帰宅後ゆっくりすることなど無かった
外食後には家呑み用のつまみを作る食材を買って帰宅し、改めてヤツはゆっくり酒を堪能する。
私は、ただ外で食事しただけで 後は変わらず。
私も結構な酒飲みでしたが 日々 大酒呑みを目の当たりにして 酒代が家計を圧迫し続けることで 私は飲まなくなり今では飲めない。
ヤツには何故私が飲まなくなったか等 どうでもいい。
飲まなくなった分は、自分が呑める
ただそれだけ
違うから。
でも通用しないし。
ドンドン酒に溺れていき
自宅で千鳥足 当たり前。
呂律が回らない、翌日記憶にない 当たり前。
毎日 帰宅後、夕飯と同時スタートの飲酒は
深夜までが日常
席に着くなり、テレビのリモコンを肌身離さず持ち片手間にマンガを読む。見てんのか?テレビ。
私にはテレビを見る権利さえ無く ヤツの好みの番組を強制的に見なきゃならない。
面白くも何とも無いし、付き合ってられない。
ヤツにとっては、飲酒終了迄が夕飯。
翌日の仕事を考えると、何時迄も付き合ってられない。
洗濯機が終わるのを待って、洗濯機に呼ばれるように席を立ち、残りの家事を始め 粗方片付けて寝室へ先に行き ベッドに潜り込み自分の見たい番組をつけて眠りに落ちる
疲れて、翌朝目覚ましに呼ばれる迄 誰にも邪魔されたく無い
でも
酔っ払いが、素直に眠りにつくことはほぼ無く…
別々のベッドを望んでいたけど、許され無かった。
深夜、深い眠りから引き戻される
放っておけば、事は終わる
断れるのは 月の日の数日だけ。
そんな日々を送ってたある日、いつものように家事を終え寝室へ行く私の手には自分の携帯がありました。
それを見たヤツは
何で寝るのに携帯がいるんだ?
友人とメールをやりとりしていて、返信が来るはずだったのでそれを見るべく持ってたけれど
ヤツの表情が怖かったけれど、友人との久しぶりの連絡を大事にしたくて 、振り切って寝室へ持って行ったけど
1時間もしない間に、ヤツは寝室へ何度も様子を見に来ては メールのやり取りを知りたがって。
プライベートなんて無くなっていった。
その後も携帯を巡る言い争いは続いて、延長線上には私の交友関係も。
日々忙しくて、自宅と現場をただ往き来するだけ
休みの日の日曜日には、1週間分の食材を買いに行くだけで誰とも交流の無い日々を送ってた
同窓会の案内が来ても、駄目 と言うヤツの言い分通り 地元にもかえらず誰にも会えずに居た。
私だって友達と連絡くらいとりたいのに。
ヤツには友達が居ないから
友達との交流なんて分からない
ヤツにとっては私だけ。
それが異様な行動へと変貌していきました。
今では携帯ロックが当たり前だけど、当時はまだ
でした
いつものように先に休んだんです
翌朝目覚めて
あ、出掛けるまで
携帯充電しよう あれ?
充電出来てる…
最初は、ヤツが自分の携帯を充電するついでに私のもしてくれたんだと思ってた。
疑って無かった。
ある日、トイレに行きたくて寝付いて間も無く目が覚めた。
私がトイレに起きたのをヤツは気付いて無かった。
リビングに行ってみたら…ヤツが携帯をいじってた。
ヤツの手にあったのは、私の携帯でした
何してるの?
呼び掛けに、ハッとしてた
何してるの⁉︎
いや、携帯鳴ってたから見てみた。
取り返して見てみたけど
着信なんて無い
平日だったから翌日は仕事だったし、口論になっていつものように深夜にまでなるのを避けたかったから 追求しなかった。
その後も私の携帯チェックをするヤツに、
何がしたいの? と聞いてみたら
後ろめたい事が無ければ、見られても平気だろ
俺のも見て良いよって。
そうじゃなくて…
何を言っても通用するはずも無く、見せない様にする事自体がおかしな事になって行って
とうとう始まりました。
酒乱 暴力が。
元々 口数の少ない人で、口論になってもヤツが無口になって終わるパターンでした
ヤツの名言として、今も耳に残ってる。
女、子供には手を上げない
信じてました。
この時までは。
お酒を飲んで、自分が良い気分になってるときに
私が同調しないと機嫌が悪くなる。
呑みたいのに、酒が在庫切れだと
諦め切れず機嫌が悪くなる。
自分の思い通りに何でもいかないと機嫌が悪くなる。
付き合いきれない。
ある時は、私が友人とメールをやりとりしていたら いきなり携帯を取り上げられて
取り返そうとしたら、携帯を壊されそうに。
力では敵わないけど、どうにか壊されまいとして取り返したら倒され引きずりまわされて そのまま玄関まで引きずられ…
馬乗りになられて、叩かれた。
13回
叩かれながら 数えてた
またある時は、馬乗りになられて首を絞められ失神。
今でも覚えているのは、手帳に書き記しておいたから
日々の事を
見返したくも無いけど
そんな日々の中、何度 警察に通報し 事をおさめてもらった事か…
時には、見境なく暴れて警官に殴りかかろうとして両脇を警官に固められ、取押えられた事も。
自分が柔道やってたからと思っても、警察官もみんなやってるだろうよ。
何度も通報する中で、時には以前来てくれた警官に会う事もありました。
口からも額からも出血している私を見て、小声で
「もう一緒に居ない方が良い」と助言して下さいました。
囚われていた私は、訴えを起こす事も無く上申書止まりで事をおさめていました。
警察沙汰になっても、ヤツは酒さえ呑まなければ普通でいる事も出来たから。
そんな日々を送っていたある日 突如として
私は体調を崩してしまったんです。
ただの風邪だろうと思ってた
でも良くならないし、疲労感が半端無くなって
通勤出来なくなって初めて病院へ。
でも何処が悪いのか、何科にかかればいいのか
とりあえず内科にかかれば何か分かるかも
内科で色々と検査をして貰いましたが判明せず
そのまま耳鼻科にまわされて…
この頃には、もう待合室で座って待つ事すら出来なくて待合室のベンチに横になっていました。
当然 付き添いなんてありませんし、家事が免除されることもない
色々と科をたらい回しにされて
最終的には精神科へ。
最後の砦らしいです。
具合が悪くなってから1週間か10日か。
たった それだけの期間で 少なかろうが、とりあえず食事はしていたのに10キロ近く体重が激減していて
だから フラフラ
精神科を受診した時には、既に手遅れだった様です。
当初の診断は「うつ病」
何でも上手く乗り越えて来られた。
人より頑張ってると思ってた。
男社会でやって来て 男を見返してやったのに。
周りからもやっと認められて仕事も任されているのに。
何回か受診する頃には、もっと体重が落ちて
医師から「生命の危険があるので、入院してください」
えっ 私が精神科へ入院?
仕事で、とある有名な精神科の病棟を直しに行った事があり
精神科の病棟のイメージが… 良くは無かった
私が精神科に入院?と抵抗はあったものの もう考える力は残っておらず、やっとの思いで帰宅して倒れる様に部屋へ。
もう座っている事も出来なくなって居たので
自分でもどうする事も出来ず、ヤツに打ち明けました。
入院するにも、受診した病院の精神科病棟は数年前に閉鎖していて いくつか入院可能な精神科病院を紹介され下見しました。
何処も自宅からは距離がありましたが、入院以外
選択肢は残されておらず 人として生気を欠いていたのでヤツも諦めてくれて 入院する事に。
軽いうつ病だったけど ヤツと居る事が、症状の悪化を招き
治りません。
何度も入退院を繰り返しました。
1回の入院期間は だいたい3カ月が1クール。
月日が経つのは、早いです。
精神病者として国に認められるのも症状の悪化と共に早かった
働けなくなるのも、人じゃなくなるのも
早かった
でもヤツは病気だとは認めなかった。
私が具合が悪い事は認めない。
たとえトイレで倒れていようが 邪魔以外他にない。
ヤツはテレビに夢中で目の前で胃痙攣を起こし
のたうち回っていようが見えてない。
気付いて貰えた時には、ピークは過ぎ去ってた。
だから普段の生活に変化は無く、暴力も暴言も
以前のまま。
こうして、私は壊され続けてボロ雑巾の様になっていきました。
担当医は「守秘義務があるから、何でも話しなさい」と言うけれど 優しく聞いててくれるけど
私は、勝手に頬をつたう涙をぬぐうだけ
「食べなさい、眠りなさい
自宅で出来ないのなら入院しようよ。」
そんなにチョクチョク入院出来ない。
私はそう言い続けました。
だってそれまでの入院期間中も、自分の事すら何も出来ないヤツから文句を言われ続けて居て 毎晩のように電話があった。
側から見れば、入院中の奥さんが心配で毎晩電話で様子を聞く優しい旦那さん。
本当の事など、誰も知らない。
診察を受ける前に必ず体重を測ります。
言っても聞かない私に担当医が体重計を見て
「生命の危険」として強制入院させます。
また繰り返し。
何回かは入院時に病院まで連れて行ってくれました。
でも入院中は面会は無く、言い訳としては
「病院が嫌い」 聞いた私がバカだった。
担当医はとっても親身になって下さって
担当ナースも、毎日 何も話さない私に付き合ってくれました。
身体に残ってた暴力の跡をナースが見つけて
私に
「泣いていても考えていても それだけじゃ物事は解決しない。 手伝うから。
人に少しは頼らないと」
と言って下さいました。
話したくても話せなかったんです。
声に出して物を言うといった行動が難しくなって居たんです。
そんな状況をナースは読み取り、担当医と話して下さって 一冊のノートをくれました。
「先生と私しか見ないから、何でも書いて良いの例えば、トイレに行った回数とか ね」
つまらない冗談も、全てが救いの手でした。
打ち明けて、解決の道を探そうとしない限り
退院させてあげられない。
そう言われて、やっと書き始めました。
そして退院出来ました。
でも退院すれば、待っているのは現実で ノートに書いた様には行くはずもなく、やはり何も抵抗出来ず 同じ事の繰り返しで。
両親には言えませんでした。
再婚で、もう後がないとも思っていたし 入退院を繰り返してそれ以上心配掛けたく無かった。
ヤツは とにかく外面は良いから両親がヤツを見抜く事は出来無かった。
サラ金事件の後、とてもしおらしくしていたから
担当医は強く離婚を勧めました。
とにかく離れなさいと。
出来なかった。
愛猫も数匹居たし、実家に逃げ帰るだなんて。
ご近所への体裁もあるし。
でも事は悪くなる一方で。
あいも変わらずお世話になってた警察からも
「これ以上はどうにも出来ない」と
「奥さんが決めないと」って。
受診日、担当医は顔に治りかけのアザがある私を見て 1枚の紙を差し出しました
そこには
1、帰ったら旅行の支度をすること
2、猫も旅行に一緒に連れて行くこと
3、メモを書くこと
4、何も考えないこと
「逃げなさい」ではなく
「旅行に行きなさい」 と。
「メモには、帰ったら君が居ない事でご主人が騒ぎたてるのを避ける為に「実家に帰ります」とだけ書きなさい。
他には何も書かなくていいから 出来るね?」
もう考える力は残っていません
言われた通りにして、母に連絡して実家に帰りました。
何も言わない私を両親は黙って迎えてくれました。
仕事を早く切り上げ、実家で待っててくれました。
いきなり、猫まで連れて帰ると言ったから
気になって病院へ連絡したそうです。
担当医から今までの経緯を聞いたそうです。
担当医が、
「娘さんが帰ったら携帯を預かって下さい」
と言ったそうで 私は言われた通り母に預けました。
ヤツからの執拗な電話は母が対応してくれました。
母も
「あの子は今 寝てるから出られない」
それ以上言わなかったそうです。
ヤツも尻尾は出さない
今回はここまでにしときます。