きゃたです。んばわー
ムーミンが!というよりかトーベ・ヤンソンがすごく好きです。今コレ↓読んでんですが、昔「ムーミン谷の彗星」を読んで全然はまれなくて(想像がおいつかなかった)、本物のお話のほうがおろそかになっていましたが、ビデオとか料理本は購入してまして・・・そっちで好きさを募らせた感じです。
トーベ・ヤンソンの、卓越した妙な人間観察っぷりとか、具体性とか、いろいろ否定しないとことか、でも「人つきあい面倒」と思ってんじゃないか的なとことか、やわらかい先入観とか、ときに残酷さの肯定とか、規則破りとか全部がなんだかツボ。
んでですね、
この「ムーミンパパの思い出」にでてくる言葉です。発明家フレドリクソンが、ムーミンパパに言った言葉から。
「ぼくたちは、いちばんたいせつなことしか考えないんだなぁ。きみはなにかになりたがっている。ぼくはなにかをつくりたいし、ぼくのおいは、なにかをほしがっている。それなのにヨクサルは、ただ生きようとしているんだ。」
そう、それで私はそれ、ほとんど全部なんですけど・・・
なにかになりたいし
いつもなにか作りたいし、
なにか欲しいんです。 でもヨクサル(スナフキンの父親・若いころ)みたいに
ただ生きようと
はなんだかしてないなぁ。そういえば。
ただ生きるってなんだかすんごいことなのか。
人って、しょっている荷がまちまちなので、一概に測れないけど、
もっとみんなが、みんなが、みんなが
「生きてるだけですげえ」
って思えたほうが素敵だな。

