いろいろ書き足していたら目次の項目が増えてしまった。
今回はシリーズの第6回目となる。


このシリーズの全編の記録はこちらで。


前回の記事では、中曽根が行革のための諮問機関「第二臨調」を作り、経団連会長の土光や伊藤忠の瀬島らと社会党とその支持母体である労組「総評」を潰すために国鉄を解体・民営化しようとした件を解説した。
これは中曽根が進めた「三公社民営化(国鉄・電電公社・専売公社の民営化)」の一環だったが、その背景には日本の市場開放・対米輸出の削減を求めるというアメリカの「対日指令書」があった。



本記事ではもう少し「第二臨調」が何だったのかにフォーカスしたいが、その前にアメリカから「売国しろ」との発注を受けた中曽根自身がCIAエージェントと深いかかわりがある、つまり彼自身にCIAエージェント疑惑があることをお伝えしたい。
 

 

 

◇ 中曽根康弘CIAエージェント疑惑 - 国会質疑から

 

 

1983年の国会質疑から引用していく。

第98回国会 衆議院 予算委員会 第3号 昭和58年2月3日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/109715261X00519821224/376
沓脱タケ子(共産党)の質問から
〇沓脱タケ子:
わが党佐藤議員の質問で、
国権の最高責任者が外国の諜報謀略機関、それも悪名高い米CIAのエージェントと二十年間にもわたって深い交わりを持っていたことが明らかになりました。この驚くべき事実は、自民党政権の底知れない対米従属ぶりを象徴するものであります。(「そのとおり」と呼ぶ者あり)わが党は、レーガン核戦略に盲従した軍事大国化に断固として反対するものであります。
予算案の審議を通じてますます明らかになった総理みずからの疑惑解明を拒否する態度や、証人喚問拒否などに見られる中曽根内閣のロッキード隠し、露骨な改憲志向に国民は強い危惧を抱いているのであります。

 

共産党の議員が「中曽根自身がCIAエージェントと深いかかわりがある」疑惑を追及している。
これは前年1982年に別の共産党議員・佐藤昭夫の質疑から明らかになった疑惑だ。

自民党総裁選のさなかに、中曽根は改憲や軍拡を明記した自身の政策パンフレットを、CIAエージェントのナサニエル・B・セイヤーに英文翻訳してもらい、国務省および国家安全保障会議、そして外国人特派員に配布したという事案についてとなる。
パンフレット配布後、それにこたえるかのようにシュルツ国務長官が、「日本の総理は防衛庁長官をやった人がいい」と日本の財界人などにも述べ、候補四人の中から中曽根支持を打ち出した事実がある。

佐藤議員は「次期総理・総裁としてレーガン政権のお墨つきをもらおうとする対米支持工作の目的があったのではないか?」「翻訳者のセイヤーとはいったいどういう人物でどういう関係か?」との質問し、対して中曽根は以下のように答える。

 

第97回国会 参議院 予算委員会 第3号 昭和57年12月22日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/109715261X00319821222/79

○国務大臣(中曽根康弘君) 
彼は在日アメリカ大使館に長い間勤務しておりまして、私が青年将校と言われた時代からよくつき合っておりました。ずっとつき合いをしてきた者であります。彼は大体民主党員でありまして、共和党員ではないのです。しかし、非常に顔の広い、また日本語も非常にうまい日本の裏表を実によく知っておる人でありました。たしかカーター政権、民主党政権になりまして
CIAに入って、極東関係を担当していた人だと聞いてもおりましたし、本人もそう言っておりました。その後共和党政権になって、やめてアメリカの大学の教授になって国際関係をやっておると、そういう方であります。

○佐藤昭夫君 
ちょっと答弁聞き漏らしましたが、CIAに関係のあった人ということですか。

○国務大臣(中曽根康弘君) 

関係のあったんじゃなくてCIAだったんです。カーター政権のもとにCIAの一つのポストを得て極東関係の仕事をしていたと彼は私に言っておりましたし、そうだと思います。

○佐藤昭夫君 
いよいよ事柄は重大になってきたと思います。私どももセイヤー氏に直接会って聞いていまのような内容を確かめておりますし、とにかくこの方はずっと一貫した諜報部員であります。
アメリカの陸軍士官学校を卒業してから、陸軍の諜報部隊CICに属す国務省の特別情報官、そしていまありましたように、一九六二年から六五年までアメリカの情報庁、そこのプレス担当官として東京に配属をされ、七七年から七九年NSC、さっき言いました安全保障会議、そのもとのインテリジェンス・コミュニティ、すなわちCIA、NSA、INR、DID…、
こういう情報関係を統括をするその東アジア地域の責任者を務めておったわけであります。
日本の首相がCIAとも関係の深い人物というよりは、あなたの言葉によればCIAそのものであったその人物を使って、まずアメリカに自分の売り込みを図る、これは一体何たることかというふうに私は言わざるを得ません。
この一言をもってしても、総理の対米追随思想が浮き彫りになってきたことと私は思うんであります。

 

上記の質疑の5か月後に、再び別の共産党議員に同じ追及をされている。

 

第98回国会 参議院 決算委員会 第9号 昭和58年4月27日
安武洋子(共産党)
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/109814103X00919830427/256
○安武洋子君 
…わが党がそれとは別に追及をいたしました、中曽根総理御自身がお認めになりましたように、
アメリカのCIAの幹部と一国の総理が大変御親密な関係であるというふうな、こういう異常な事態も私は放置されたままになっているというふうに思うんです。私は、政府はこれらの問題も合わせましてやっぱり積極的に解明に取り組むべきではなかろうかと、いかなる国であろうと外国政府機関による内政干渉、主権侵害というのはこれは許せないのではなかろうかと、こういうふうに思います。御見解を伺います。

○国務大臣(後藤田正晴君) 
もちろん内政干渉の事実があればそれは認めるわけにいかぬのは当然のことだと思いますね。ただ、いまお話しのように、
中曽根さんが何かCIAの何とかで、私、全然そんなこと知っておりません。そのことが何も内政干渉になるなんて私ちっとも考えておりませんからね。事実関係は承知しておりません、それは。

 

後藤田が必死に誤魔化すのも無理はない。
後述するが、後藤田自身もCIAエージェントである可能性が極めて高いからだ。

 

 

◇ CIAエージェントのセイヤーは「ジャパン・ハンドラー」になった

 

上述の国会質疑の通り、占領期のCIC(CIAの前身組織)の時代から対日工作の責任者だったナサニエル・B・セイヤーだが、CIAエージェントであったと同時に「ジャパン・ハンドラー」とも呼ばれる。


アメリカの主なシンクタンク
(中田安彦「ジャパン・ハンドラーズ」2005、p157)


セイヤーが後に主任教授、また名誉教授となる「ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(School of Advanced International Studies、SAIS)」はハーバードのケネディ・スクールやジョージタウン大学、コロンビア大学と並ぶ対日工作立案のヘッドクォーターだ。
そのSAISのアジア研究室は、駐日大使だったライシャワー・ハーバード大学教授の名前を取った「ライシャワーセンター」と呼ばれ、セイヤーが立ち上げに関わった。
またセイヤーは、当時の中曽根康弘首相がライシャワー・センターに100万ドルの寄付をしたことで設置された「中曽根康弘講座(日本研究寄付講座)」の担当教授でもあった。
(日本財団図書館 https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2000/00242/contents/023.htm

CIC、CIA、NSA、NSCを通じて対日工作の責任者クラスだった人物が、大学で「中曽根康弘講座」なるものを担当していたのだ。

SAISアジア研究室出身者には、小泉進次郎の上司でもあるジャパン・ハンドラー、CSIS日本部長のマイケル・グリーンや、同じくCSIS日本部長のケント・カルダー国防副長官ポール・ウォルフォウィッツ(元SAIS学院長)などがいる。
SAIS自体の出身者・教授陣にははオルブライトやブレジンスキー、フランシス・フクヤマなど著名なネオコンが勢ぞろいしている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%97%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B9%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%96%A2%E4%BF%82%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%99%A2

SAISはフォーリン・ポリシー誌の国際関係学ランキングで2位を獲得しており、卒業生は世界175カ国の大使館や公邸に派遣されている非常に評価の高い組織だ。
https://sais.jhu.edu/news-press/press-releases/johns-hopkins-sais-rises-foreign-policy-magazine-rankings

開示された米国の公文書のなかに、セイヤーによるターナーCIA長官への書簡「東アジアにおける主要な権力関係」(1980年6月)を見つけた。(冒頭部の開示が承認されなかったようで削除されている。)
それによると、「日米関係はそれほどうまくいっていない。一般のアメリカ人は主に経済的に日本を警戒しているが貿易問題がその原因だ。しかし日本は反ソでありアメリカの方針に従っている。経済最優先で軍事拡張は望んでいないが、ソ連封じ込めのためにもっと日本を利用すべきだ」といった内容となっている。
https://www.cia.gov/readingroom/document/cia-rdp83b00551r000100160023-7


ナサニエル・セイヤーは、ジョセフ・ナイやリチャード・アーミテージらと並ぶジャパン・ハンドラーであった。

「ナサニエル・セイヤーはほぼ半世紀にわたり、アメリカの日本管理を担った重要人物である」とは、愛知大学・国際問題研究所客員研究員の古村治彦の言だ。
https://suinikki.blog.jp/archives/85753255.html

CIAの元幹部が内部文書を明らかにしたクロウリー・ファイルの中でCIAエージェントだと名指しされたジェラルド・カーティス(コロンビア大教授)に関して、古村は次のように述べた。

 

セイヤーはエドウィン・O・ライシャワー大使時代に東京の米国大使館に勤務していた。彼はこのころ既に後に日本の首相となる中曽根康弘と深い親交を結んでいた。
コロンビア大学の後輩のジェラルド・カーティスが博士論文執筆のために日本にやって来た時には面倒を見て、中曽根康弘の秘書だった小林正巳を通じて、中曽根派の代議士だった佐藤文生をカーティスに紹介した。
カーティスは佐藤文生の選挙事務所に入り、「日本語を話す外人さんがいる」ということで、人気者になった。彼は後に「この時に『お流れ頂戴します』という言葉を覚えた」と述懐している。カーティスは日本の選挙運動について博士論文を書き、それが後に『代議士の誕生』という著作になった。

 

次回はもう少し中曽根とその周辺の疑惑を探る。
あらためて調査していておもしろい話を知った。

今日はここまで。

 

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