写真.... 善竹僑...鄭夢周が馬に乗ってて殺された場所。
石に血の跡のようなものがあるが、鄭夢周の血ではないかとも言われている。
此身死了死了 (차신사료사료) 이 몸이 죽고 또 죽어
一百番更死了 (일백번갱사료) 일백번 고쳐 죽어
白骨爲塵土 (백골위진토) 백골(白骨)이 진토 되어
魂魄有也無 (혼백유야무) 넋이라도 있건 없건
向主一片丹心 (향주일편단심) 임 향한 일편단심이야
寧有改理也歟 (영유개리여지) 가실 줄 있으랴 ?
* 解釈 *
この身が死んで、また死んで
百回 重ねて死んで
白骨が塵のような土になり、
魂があろうが なかろうが
王に向けた、私の熱い忠誠の心
どこに行くというだろうか?
高麗時代の終わり頃、後に朝鮮の太祖(始祖)となる李ソンゲと、その息子李バンウォンは、
高麗王朝を滅ぼして、新しく朝鮮王朝を建てようとした。
しかし、高麗の忠臣たち、特に鄭夢周(정몽주)は邪魔者だった。
息子李バンウォンは、高麗の忠臣達に、
表面だけ高麗に忠誠を尽くすふりをしながら、
裏では自分達と一緒に新しい王朝の準備をしようと、誘った。
ある宴会の席で、李バンウォンは、鄭夢周(정몽주)にもやはりそのように誘いかける為、
何如歌(하여가)という詩を詠んだ。
何如歌(하여가)の内容は、高麗に対して絶誠をつくさないで、自分達と一緒に、
お互いに助け合いながら、末永く楽しく生きようというものだ。
その詩に対する鄭夢周(정몽주)の答えが、丹心歌(단심가)だ。
死んでも、高麗王朝に対する絶対忠誠を曲げない、硬い決意が現れている。
これを聞いた李バンウォンは、鄭夢周(정몽주)を誘うことは不可能だと判断し、
チョ ヨンキュウを使って、善竹僑(ソンチュッキョウ 선죽교)で
馬に乗って通っていた鄭夢周(정몽주)を殺害してしまった。






