延烏郎と細烏女の像(慶尚北道、浦項市のホミコッ)

    浦項市 호미곶 HP ...... http://sunrise.ipohang.org/sightseeing/sight3.html?ID_Num=38




新羅の第8代王である阿達羅王(アダラ王)が卽位して4年(157年)に

東海の海辺に、延烏郎(연오랑、ヨノラン)と細烏女(세오녀,セオニョ)という夫婦が暮らしていた。

ある日、延烏郎(연오랑、ヨノラン)が海にでて海草を取っていると、

急に魚のような岩が現れて、延烏郎を乗せて日本にいってしまった。

そして、日本では、彼を王として迎えた。


一方、細烏女(세오녀,セオニョ)は、夫が帰って来ないので、とても心配になった。

海辺に出て探してみると、夫がぬいで行ったぞうりがあった。

岩の上に登ったら、その岩はまた、細烏女を乗せて、延烏郎の時と同じように、日本に向かった。

日本ではまた、驚いて、このことを王に報告した。

こうして、夫婦は、再び出会い、彼女を王妃として迎えた。


この頃、新羅では、日と月が光を失って、真っ暗になってしまった。

日官が王に申し上げるには、「日と月が、我が国から日本に行ってしまったため、

このような異常事態が起こるのです。」と言った。

王が使者を日本に送り、二人が帰って来るように説得したが、延烏郎は言った。

「私がこの国に来たことは、天がしたとこなのに、どうして帰ることができましょうか?

しかし、王妃が織った反物があるので、これで天に祭事を捧げれば大丈夫でしょう。」

このように言って、反物を差し出し、使者はこれを受け取って、新羅に帰った。

新羅では、そのとうりに天に祭事を行い、そうして日と月が光を取り戻した。


その時の反物は、王室の倉庫に入れ、国宝とし、この倉庫は貴妃庫という。

また、天に祭事を捧げた場所は迎日県(영일현)、または郁祈野(욱기야)という。





****迎日県(영일현、ヨンイルヒョン)=今日の 迎日郡 東海面 석동(ソクドン)、日月池

****この話は、やはり、一然という僧が書いた、三国遺事の中にある。

   新羅の夫婦が日本に渡って日本の王になったという、興味深い話だ。

   そういえば、日本の天皇家は韓半島から渡ってきた渡来人だという伝説もあった。

   時期もちょうど日本の建国の頃と同じ位だ.....。

   日本神話の因幡の白兎の伝説や、卑弥呼伝説と照らし合わせてみると、おもしろい。


{2世紀、新羅}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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