癌治療学会の3日間が終了しました。

ふう・・・ 満足感、充実感と、そして疲労。 

参加された皆さんも、今頃一息つかれて週末をお休みなのでは?

うちは、ちゃいます。

もうすぐ引っ越し。 大イベントです。
学会会場から自宅に2時間半で戻り、夕方バタバタと引っ越し前の片付けしてました。

先ほど、移動中の机の引き出しが、右足の親指に角から落ちて、「ああ、折れたわ、年末にやっちまった(泣)」
とほんまに涙溜めて痛がってましたが、どうやら打撲ですね。
恥ずかしくて、X線写真など撮影できません、 元放射線科ですから・・・ なんかプライド?



「医者は学会に参加すべきか?」

のテーマに関して、僕は先日、大切なことを書き忘れてました。
しかし、むしろこちらが根幹ですね。

医者は、エビデンスを的確に臨床に応用して、患者さんの治療をしなければならない。
そのエビデンスの解釈には、臨床試験というものを、医師自身が理解しなければなりません。

にゃんこも10年前、静岡にいた時は、エビデンスというものを十分理解出来ていなかった。
科学的根拠、とか言われてもね、実際エビデンスというものは神様が決めた100%の答えではないので、目の前の患者さんの様々な状態でうまく使い分ける必要があります。
(エビデンスが絶対だったら、医者じゃなくても、医療方針が簡単に決めれますからね)

エビデンスの難しいところ。
どうやって、この臨床試験が実施されたか、その背景を、読み切ること。
試験結果の裏に、どのようなnegativeな情報が隠されているか、読み切ること。
示された科学的情報の弱点を、(多くは先方から完全に提供されていないので)自身で読み切ること。
我々は、研究を評価する時に、常に批判的観点でこれを評価するように、とえらい先生に若い頃指導していただいたのを覚えてます。これが真実。positiveな視点からみては、ダメ。

エビデンスは、単に与えられれば、誰でも適切に使いきれるものではなく、使う医者が、臨床技術や経験だけでなく、頭が良くてエビデンスの構築された本質を知らなければ、ダメなんです。

エビデンスがではじめた頃は、エビデンスをわかってない医者らが、盛んにエビデンスという単語を口にして自分の臨床の正当性をアピールしてきましたが、今ではそういうタイプの医者をみると、ああ、この人、あまり研究とかしてこなかったんだなあと、腹のなかで思ってました。


エビデンスをうまく使えるようになるには???

「はい、自分たちが臨床研究をより多く実践することが早道です」


研究は、実際自分でやってみると、すっごーい難しいことが良くわかるはず。
研究導入のための理由(多くは臨床での問題を解決するためだと思います)。
この研究のアウトカムはなにか? 生存か? 奏功か? QOLか?
それを証明するためには、どのくらいの試験期間で、どのくらいの患者さんの試験導入が必要なのか?

こういうのって、何本も研究やらないと、本質ってわかってきません。

にゃんこも、最初に150人くらいのデータをまとめた研究をやりましたが、残念なことに研究が得意な指導してくれる医者が周りにいなかったので、何百という関連する英語論文を一人で馬車馬のように読みまくりました。英語嫌いでしたよ、でもひたすら読むと、研究ってこうやって論文にするんだ、この論文が読みやすくて心に響くのだけど、なぜだろう? 論文の良し悪しがわかるようになってきました。

最終的に、テーマが良かったせいか、海外のメジャージャーナルにアクセプトしていただきましたが、最初に書き始めてから1年以上かかったかな? ほぼ一人でやりきった研究でしたが、自信がついて、その後順調に研究を続けてます(患者さんへの実際のカテーテル治療など実臨床をしながらなので、大変ですけど)。

そして、上記のようなエビデンスを知るための、自身の研究活動の第一関門って、学会発表なんですよ。学会発表でウケたネタは、論文にし、日本中の、世界中の医師に知ってもらう必要がある。
そうすることで、自分の研究が本当の意味で世の患者さんのために貢献できる。

一番ダメなのは、すごい腕のいい医者、すごいいい医療を開発しても、結果を発表しないこと。
そういう人に限って、自分は日本一だ、とか言っちゃってる人もいるかもしんない。
でも、井の中の蛙。
だって、外の人はあなたを知らないし、例えあなたが実際に頑張ってデータを外に出しても、そういう研究ほど拙く、めたくそに叩かれたりする。だから、なんとなくそういう人は、それがわかってるので、論文だけでなく学会にすら報告しない。
学会は、参加点数稼ぎ、と豪語する先生には、このような方が多く混ざっているのでは?

もう1つ、学会発表をする大切な理由。 それは、数字を出すことにつながるから。

自分達の治療が実際どのくらい効いたのか、その後の副作用は? 何年生存されたか?
このような数字を出すことは、引き続きその治療を目の前の患者さんに導入する際の大切な情報となります。研究するって、医師が自分の治療を見直す良い機会なんです。

だからこそ

1)数字をだす
2)学会にだす (ついでに勉強し、モチベをもらって帰る)
3)論文に出す
4)論文に1つ落ちても次の出版社にだす

にゃんこは、このワンパターンの研究のスパンを8年間、ずっと続けてきました。

だからこそ、無名で誰にも知られていなかった自分が、一部の医療者以外の協力者のお力を借りながらも、結果的にほぼ一人でここまで研究し自身を認知していただけるようになったのだと思っています。頑張ってよかった。


このような自分の考えは、若い先生には押し付けてません。
誰でもできることではなく、にゃんこも、本当に苦しい、研究なんてやめたいと思う時もあったから。

でも、この苦しく充実していた8年間は、がん治療医としての自分を磨き上げた大切な時間だったと思い、後悔もありません。

まあ、これからも人間として、医者としてブレずに、そしてこれからはもう少し自分と家族にも楽しくやってこうかなと思ってます。



「がんカテーテル治療」



最後まで読んで頂いてありがとうございました。よろしければ、↓ ポチッとお願いします。



にほんブログ村 病気ブログ がんへ
にほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログ 末期がんへ
にほんブログ村


にほんブログ村 病気ブログへ
にほんブログ村