80歳。いよいよこれから私の人生
多良 久美子
元気なタイトルに惹かれて図書館で借りた本。
でも、帯の1行目に
息子は重度知的障がい、娘は早世⋯
とあって、タイトルや表紙のイメージとはちょっと違う内容かもしれないと、少しかまえて読み始めました。
想像していたよりもっと重い人生でした。
大雑把に書くと
2歳のときに長崎で被爆
その翌年に母親が病死
高校生のときに父親の会社が倒産して進学を断念
19歳のときに父親が交通事故で死亡
結婚後は幸せな時間が続いていたのですが
息子さんが4歳のときに麻疹の後遺症で重い知的障害になり
娘さんは癌で早逝します。
淡々と書かれていましたが、息子さんが障がい者になったときは、きっと絶望的な気持ちになったことと思います。数え切れないほど泣いたのでしょう。
でも、久美子さんはそこから立ち上がりました。
役所をはじめ公的機関に通い、息子さんのためにできることを相談します。自身も学習を始め、同じ境遇の親たちと協力し支えあえるグループを作ります。
その活動が軌道にのってきたときの娘さんの死。再び立ち上がるために悲しさや苦しさと向き合った時間を思うと胸が痛みます。
現在は、平日は施設で暮らす息子さんと夫との3人暮らし。
良い時も悪い時も永遠には続かないから、今自分のやるべきこと、できることをやっていく
と、織り物を楽しんだり車で近所の方の送迎をしたり、元気に活動してるとありました。
読む前に、わたしはどうしてこの本を読みたいと思ったのか考えました。多分、道しるべになるものを探していたのだと思います。
時おり弱気になってしまう自分の背中を押してもらえる本を。
苦労や悲しみは人と比べても仕方のないもの。
比べたり落ち込んだりするのではなく、どうすればより良い方へと舵を切れるか考えて、何より行動することが大切だと教えられます。
周りの人のために動きながら、自分の楽しむ時間ももつ。そんな前向きに生きる姿に励まされました。
オードリー・タン
コロナ禍で台湾のデジタル担当大臣として、主にコンピューターを使った保健行政を行っているときに名前を知りました。
穏やかで聡明な人という印象で、その優秀さから子ども時代も順調に過ごしていたと思っていたのですが、母親の語った内容は意外なものでした。
小学校に入学後しばらくして
勉強は自分でできる、集団行動や体罰は納得できないと
「学校へは行かない」
という選択をします。
安易な表現ですが、登校拒否です。
本人の葛藤はもちろん、まさか自分の子どもが学校へ行かなくなるなんてと家族の苦しみは大きなものでした。
でも、母親は息子の味方になることを選択し、学校関係者や教育の研究者と話し合い、どうすればわが子が学校へ行けるようになるか考え行動します。
何年もさまざまな方法で試行錯誤を重ね、最後は自分たちの理想とする学校を創るまでに至ります。
自分の息子が行きたいと思える学校。
それはきっとほかの子にとっても救いになる。
自分の息子のためだけではなく、周りにいる人も幸せになってほしいという母親とオードリーの考えに、読んでいるわたしまで救われるような思いでした。
母親の言葉
「宗漢(オードリー)は人生で何度も絶望的な状況に陥っている。だが、その度に必ず誰かに助けてもらい、そのおかげで天地が開かれるような大変化を遂げてきた。後に彼が自分につけた名前『Autrijus』ーみんなの子ー、わたしも本当にその通りだと思う。」
自身があふれる才能を持ち、他者のためにその才能をを惜しみなく使いながらも、自分をみんなの子と呼ぶオードリーの豊かさに、ますます惹かれます。
人の豊かさはもっているものでなく、どれだけ人と分かち合えるかでわかる。 オードリー・タン
いつか、オードリー自身が書いた本も読んでみたいと思います。
長い感想を読んでくださり
ありがとうございました。
🍵 ☕



