永田 和宏

著者は細胞生物学者で歌人。歌会始や朝日歌壇の選者でもあります。


はじめにのページに生物学者らしく老化や寿命についての説明があり、続いて中年から人生の後半へ向かうにあたっての歌が紹介されています。


人生の後半。何歳くらいからなのでしょうね。この本では定年や退職、趣味、老いらく?の恋など、坂の上から少しずつ下り始めた頃からの歌が紹介されています。


定年のわが給料を仏壇に供えて妻の祈りのながし

2000.10.8  朝日歌壇


月一度「給料」とある入金はこれが最後と記帳して気づく

2021.4.18  朝日歌壇


現金支給から銀行振込へとかわったことも懐かしいですね。

恋の歌は省略。


老いに向かう誰もが思いあたるこんなユーモラスな歌も。


忘れたのではない最初の一字が出ないだけあの人あの人えーとあの人

永田和宏


そのあたりまでは楽しく読んでいたのですが、「老いの先へ」の章では、高齢の自分のことが重なり切なくなってしまいました。


親や子ども、パートナーの死、そして自分の死への思いと身につまされる歌が続きます。


「空きを待つ」その空きの意味思いけり特別養護老人ホーム

2008.3.10  朝日歌壇


初めてのオムツをした日母が泣いた私も泣いた春の晴れた日

2020.5.3  朝日歌壇



著者自身も妻を亡くし『歌に私は泣くだろう』という歌集を出しています。妻も歌人で、互いを思う歌に愛情の深さと死の悲しみが切々と伝わってきました。


あほやなあと笑いのけぞりまた笑うあなたの椅子にあなたがいない

永田和宏


ペットとの暮らしを詠んだ歌もあって、頷きながら詠みました。


かゆいとこありまひぇんかといいながら猫の頭を撫でておりたり

小池 光


気がつくと、今日話したのは猫だけという日があります。


🌠




久永 草太

そりゃそうさ口が命の部首だから食べていく他ないんだ今日も


恥ずかしながら、命の部首は〈ひとやね〉だと思っていました。知らなかったのはわたしだけかな⋯。


筆者は獣医学科を卒業して動物病院に勤める医師。
そして高校時代から短歌を詠んでいた歌人です。

解剖実習で命と向き合うときの思いを詠んだ歌には、読んでいる側も命について考えさせられます。


生かすためときには殺すために打つ麻酔の針のながながし夜

手を絞り指揮者が音を消すようにラットの胸の太鼓を止める

気を付けて刑法上は器物でもそいつ吠えたり愛したりする


多くの動物の命を救うために必要なことだとわかっていても、この実習はつらいものだと思います。そのつらさを隠しておくこともできるけど、こうやって表現することがまた歌人のつらさなのかもしれません。


学生時代、アルバイトで幼稚園の手伝いをしていた頃のユーモラスな歌や、祖父母を送る歌もありました。


「食べるぞ」と叱る先生いて九月、幼稚園には嘘が必要

「トンネルをくぐらせるんよ」真結びを教えて君が覗くトンネル

しんしんと新燃岳の灰が降るタチツボスミレの咲きそうな日に


繊細であたたかく、命を見つめる歌人の独特の感性が伝わってくる作品集でした。