花びら供養
石牟礼道子


《そっとカカトを上げてみる》さんのブログで出会った本です。


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渚、天、夢の3部から成るエッセイ集


タイトルの美しさと悲しさは、そのままチッソ以前の水俣の海と山、そこに生きていた人々の心根の美しさです。そして、それらを慈しむ作者の深い悲しみです。


自然のどこかしこ、すみずみにまで宿っている神を敬う暮らし。その恵みに感謝し、分け合い支え合う暮らしの豊かさ。


失われたものがどれほど大切なものだったか、水俣病がどれほど残酷なものだったか、作者の作品を読むたびに胸に突き刺さります。



『花の文を』『花びら供養』に

きよ子さんという娘さんの話があります。



    

きよ子さんは庭にすべり降りて、花びらを拾おうとするのですが


「拾えませんとですよ、ああゆう指では。躰もですね、紐のようによじれて、娘の躰がですよ。どうやって庭にすべくりおりたか、花びらの降る中で。それを一枚ずつ地面にこじりつけて、指は外に反ったり曲がったりしとって、花びらの地面ににじりつけられて、一枚も掌にのりません。」


言葉は続きます。


「チッソの人方に水銀呑んでもらおうちゃ思いませんと。人間の姿の、ああも、むごうなるちゅうは。」


こう話したお母さんも、きよ子さんのあとを追って、おなじ水俣病で亡くなられました。



苦しみをわかってほしい、手を差し伸べてほしいとは思うけど、同じ苦しみを味あわせたいとは思わない。

そんな水俣の人々の真摯な思いが伝わってきます。



『風土の神々』のヒロム兄を見守る人々の温かさと、天草の山の中で出会ったおばあさんの話が印象的でした。



おばあさんの話は、天草の山の中で雨に降られ、藁屋根の庇を借りたときのこと。



    

おばあさんが

「中に入ンなさいまッセ」

と招き入れてくれました。


おばあさんは、一度も訪れたことのない水俣を九州本土と言い、身も知らん人間がいきなり囲炉裏の傍にきて座り込んでいるのに、もてなすものが何もないとおっしゃって

「こんなおろよかもん(粗末なもの)ば、おあがってくださいますか。」

と唐芋を出してくれました。



おばあさんとの会話を通して、作者は、こんなふうに言葉というのは美しく、心熱く発話されるのだろうかとわが身を恥じたと書いてありました。



『北薩摩 山野線』の話も厳しいものでした。


    

二十年前に訪れた地を再訪したとき、

「お爺さん一人の家で、おダシも醤油もない塩だけのスイトンを出されたことがある。畳もなく、囲炉裏にかけた鍋の汚れようは尋常ではない。戦死した息子の遺影があるきり、家具もなかった」ことを思い出し、所期の目的を忘れ、同行者の手首を引っ掴まんばかりにして汽車に飛び乗った。


戦後、地方にはおそろしいほど何も無い「絵に描いたような貧農地帯」があった。



感想からそれますが、山野線という線路があったことを初めて知り、検索してみました。


水俣と北薩摩を結んでいたとありました。もう廃線になっていますが、高台を走る汽車や方向を変えるループの写真もあって、戦後はどんな様子だったのだろうと想像しました。


水俣の魚も運ばれていたのでしょうか。