先日、東京(と言っても、電車で1時間もかからない街ですが)にいる従姉から電話が来て、昨年暮れに叔母が亡くなっていたことを知らされました。

すぐに連絡できなかった事情を聞いて
「人生の終わりにこんなことが待っているなんてね。」
と、二人で泣きました。

叔母は97歳でした。認知症らしき症状が出ていて、行動のほとんどに介助が必要でした。
二人きりの暮らしで、従姉は百歳までいっしょに頑張ると話していたのですが…。

従姉ももう高齢。先に従姉の体の方がダウンしてしまい、腎臓ガンになってしまいました。十日ほど手術入院することになり、その間だけ叔母を施設に預けました。

よく話して入所させ、退院するとすぐ迎えに行ったのですが、叔母は事情を理解できず心を閉ざしていたのでしょう。食事をほとんどとらなかったようで、げっそりと痩せていたそうです。
そして、家に帰ってきた翌日、ベッドの中で亡くなっていたとのことでした。

自分がガンになって施設に預けたばかりにと、従姉は自分を責めていました。退院したばかりの術後の体を休める時間もなく葬儀のために動き回り、ショックで親族に連絡することもできずにいたようです。

従姉のせいではないと声をかけながら、叔母の長い人生の最後にこんな悲しいことが待っていたなんてと、二人で泣きました。

頑張って生きたね、いい人生だったねと送りたいけど、形は違えどこんな思ってもいなかったことが、誰の人生にもあるのでしょうね。
見送ったあとの別れの悲しみと、もっとできることがあったはずという後悔の気持ち。それも家族を送った誰もが抱えているのでしょう。




街のあちらこちらにきれいな花が咲き始めています。
 

長々と書いていたら、日付を越えて22日になってしまいました。

今日はニャンニャンニャン、猫の日だそうです。
猫 黒猫

今年に入って捕獲手術した猫たちです。





みんな地域猫として暮らしていきます。