高野山麓を望む地、和歌山県橋本市にある神野々(このの)という場所に、29年前にお水が湧き出ました。

今、その地に天然温泉「ゆの里」があり、全国からたくさんの方がその水で心と身体を癒しに訪れています。

発酵の良し悪しに水の影響は大きいので「水」はいつも関心があるのと、幼い頃、清流近くで育ち、鮎と一緒になって泳いだ記憶もあることから、水はいつも感覚で捉えてきたように思います。


街に住むようになり、濾過するものから活性炭、微量元素ミネラルを使ったものまで、いろんな浄水器を使ってきました。
微量元素ミネラルの水を使っているうちに、ペットボトルの水、店舗で無料で配布される水の差も感覚でわかるようになったように思います。


浄化されたきれいな水でも、響くものがないと思うときがあります。
こう生きていないというか。
だからといって悲観することではなく、もしそれが気になるようでしたら、何かしらいいと思うもの、ミネラルなど添加したらいいとも思っています。


水素水に関しては、試験薬を入れて変化を目で見ることができた時「ほほー」と思いますが、感覚としてはとくに何も感じません。きれいな水ではあるので、お持ちの方は大切に使われたらいいんじゃないかと思っています。



もう一つ浄水の概念が変わったことがありました。
東北大震災の後のことです。

福島原発の混乱している時に多量の雨が降り、関東の貯水池の線量が高くなったことがありました。
多分その時にいつもより多くの塩素か、何かしらの薬剤が入れられたと思います。
外の空気も入らないように窓を閉めきった生活をしていたのですが、水道水から出てきた薬剤の強さに汚染をあらためて実感しました。

そんな記憶があったのですが、3年後、近所に保存をよくしたり、発酵しやすいペールバケツ、タンクを取り扱うお店があり、発酵の容器用に買いにいったんですね。
見た目はただのポリバケツ・タンクと変わらないので、興味もあり、その仕組みを聞いている中で説明としてタンクに入った水がでてきました。

「3年前の震災直後の水です(‐^▽^‐)」

ニコニコした顔で出すんですよね。

「いやいやいや、あの時の水でしょ? 塩素の強さを知っていますから」

とやりとりしているうちにコップに注がれてしまいまして、店員さんと私しかいない状況でタンクに戻すわけにもいかず、「下痢するかも・・・」と思いながらも意を決して飲んでみたところ、湧き水のような清涼感のある水でとても驚きました。
タンクの中もキレイで、ぬめりもないし、浄水することが全てではないということを感じました。


あと、麻炭を使ったワインの飲み比べでしょうか。
同じワインを2本用意し、一つは麻炭を入れた水の中へ、もう一本は離れた部屋に置いて、数時間後に飲み比べてみたら全く別の味になっているんですね。
開封しないで、瓶のままです。



だんだんと物には全て波動・振動というものがあり、目に見えないけど発していて影響を及ぼすものだと思えるようになりました。



特に水はそれで構成されている部分があると思ってきましたし、究極、その水を飲まなくても、その傍に置いておいたおせんべいでもチョコレートでも美味しくなるということも普通に理解することができます。

その他にも滝の原理も気になっていて、マイナスイオンという言葉で有名かもしれませんが、マイナスイオン商品は除外として、本当の滝で流れている水の力、そこから発生するエネルギーも物質を変換できるように思います。

水には成分の他にも、波動・共振という面から、まだまだいろんな可能性を秘めているのではないかと感じています。


今回、水からのご縁がありまして、ゆの里温泉の重岡社長さんからお話を聞く機会をいただきました。
HP ゆの里温泉・このの


「高野山」「水」の前情報だけでお伺いしたのですが、水の成分の研究だけではなく、神戸大学との共同研究から水を科学的にとらえ、医学、量子力学、天文、社会、経済、経営など、あらゆる「学」をお水の視点から読み解く可能性を感じました。

内容が多岐にわたるので、主に土地の由来と歴史、発酵と水の関係についてお話をしていただいたのですが、やはり共通するのは、分析して目に見えるものと、目に見えないけど確かに存在し影響し合う世界があるということ。

ゆの里では、10年の間に3つの成分の異なる水が湧き出ました。
「金水」「銀水」「銅水」と名前がつけられ、成分も異なりますが、それによる違う役割も持っています。

(ゆの里の水分子を表した立体構造模型)

実際に体感できる効能が違うだけではなく『手放す・結合・調和』といった、物を構成していく摂理のようなものも感じます。

『手放す』というのは、デドックスという言葉がわかりやすいでしょうか。
部屋の掃除にしても、頭の中にしても、ストレスにしても、人間関係、経済でもそうかもしれませんが、終わる・崩壊・リセットといったものを経て、浄化、蘇生を通して新しいものと結合し、調和していく。

それには見守るような大いなる『場』が必要です。

全てを見守り結合、調和させる場という役割のものが一番最初に湧き出た『金水』にあたるようです。
3年後に出た『銀水』は手放すでしょうか。
9年後に出た「銅水』は結合でしょうか。

これが一度に出ずに、なぜ時間をおいて湧き出たかというところにも注目します。


発酵作りをしていても思うところがあるのですが、目に見える成分、菌だけでは説明のつかないところがあります。
菌によってお味噌とか醤油が作られたりするのですが、それはあくまでも形であり結果。

素材を引き出す力、分解する力、結合する力は菌そのものではなく、菌の動きです。

その他に、その素材の持つ個性『構成・構造』を読み解く必要もあると思います。
素材そのものが、引きつけやすい性質・分解しやすい性質・結合しやすい性質を持っています。
それが水でも発酵でも『成分』の他に『構成』という視点で考えると、よりわかりやすくなります。

顕微鏡で見えるのは「成分=効能」

素材の性質・菌の動きのエネルギーは「構成=役割」


目に見えるもの、見えないものの性質・役割を活かしていく、個性を最大限に発揮していくこと、あるがまま物を見る事、認めていくこと、重岡社長さんのお話を聞きながらいろいろな気づきをいただきました。



ゆの里では、その水を使った水耕栽培や発酵工房もあり実際にお野菜や発酵食品をいただいたのですが、どれもとても美味しくて「素直」という言葉が浮かびました。

これが水の力かと思ったのが、やはり私は発酵食品でした。
食事はどれも美味しくて、ただ感激していただいていたのですが、最後に注文した自家製梅ジュースと紫蘇ジュースを飲んだ時に、もう言葉にならないくらい、はっきりと水の違いを感じました。

水の成分というより、水の構成が素材を最大限に引き出し、菌が伸びやかに活動してる感覚がはっきりとわかり、どれだけ菌が伸びやかに活動できているかというのを感じました。

その水を使ってパンも作られているのですが、とにかくフワフワで素材の甘みを感じました。
普段私はパンの種菌や発酵過程に注目し、どれだけ分解ができて発酵できるかを考えるのですが、水の構成でここまで変化できるというのを目の当たりにしました。
何の菌を使っているか、発酵過程は?という質問は、この場合は二の次なので聞きませんでした。
米粉パンもありましたよ。
米粉パンは難しい分類ですが、期待通りの美味しさでした(^^)



日本酒もあったのですが、もう言うまでもなくでして(^^)
発酵途中で菌が伸びやかに楽しく過ごしていたのだろうなというのを感じるのです。
菌が喜んで作り出したものは、カラダにとっても良い効果があると思っています。


あと、本場ブルガリアの菌と日本の菌を合わせたオリジナルの豆乳ヨーグルトも作られており、まだ販売はされていないのですが、試食させていただきました(*^^*)
まさか作られていると思っていなかったので、聞いたからには食べずに帰れないと心で願っていたところ叶えていただきまして・・・
「私に試食させてください」と顔に書いてあったかなぁ(*^^*)
目がヨーグルトになっていたかなぁ。




この文章に何度もでてくる菌の伸びやかさ、よりよい発酵というのを存分に感じました。
なかなか美味しい豆乳に出会いませんが、豆乳が絶品ですし、発酵もしっかりしていて大豆の害もすっかりなくなっていました。
あとオリジナルの菌が美味しかったです。

もう間もなく併設のカフェでお目見えするようですので、ぜひ行かれましたら温泉で外からデドックス&キレイになり、さらに豆乳ヨーグルトで腸の中からWでキレイになってくださいね☆彡


お水に興味がありましたら、東京、和歌山でお話を聞く機会がありますよ。
東京のほうは満席だそうですが、キャンセル待ちの問合せをしてみてください。
東京・新宿 2016年9月10日(土)13時30分〜

和歌山・ゆの里 2016年9月16日(金)14時〜


長くなりましたので、ゆの里へ行ったときの高野山巡りの話を次に書きたいと思います。



心穏やかな一日を◎