秩父神社の次に訪れたのは、金運のご利益でも知られる古社。

 

秩父駅から秩父鉄道で数駅、和銅黒谷駅で下車して、街道沿いに10分程ゆくと、社頭に着きます。

 

◆聖神社◆

*読みは"ヒジリジンジャ"

 

いかにも金運上昇しそうな?色の幟に導かれて進みます。

 

 

長閑な農村地帯の脇に続く参道。

 

 

石段を上り、丘の上の神域へ。

 

 

幟には"和同開珎"の文字。

 

ご存知、日本初の流通貨幣です。

 

ここ黒谷はそんな貨幣と、その元となった銅のゆかりの地。

 

手水舎

 

大きな神社ではありませんが、杉に囲まれた異世界に迷い込んだかのような雰囲気。

 

 

石段の先に木々に囲まれた境内があります。

 

 

緑の中に映える朱の社殿。

 

そして、存在感を放つ和同開珎のオブジェ。

 

拝殿

<御祭神>

金山彦命

国常立尊

大日孁尊 (天照大神)

神日本磐余彦天皇 (神武天皇)

元明金命 (元明天皇)

 

元明天皇の御代(707〜715)、この地で日本初となる高純度の自然銅(和銅)が産出します。

 

その際、"自然銅"を御神体として、川の上流に鉱山の神様・金山彦命を奉斎した事が創祀と伝わります。

 

 

和銅が朝廷に献上されて、日本初の流通貨幣である和同開珎の鋳造が始まり、元号も和銅に改元されます。

 

その時、現地に社殿が建立されたそうです。

 

 

周辺には中世の和銅選鉱場や採掘跡といった史跡が複数残されています。

 

また、近くを流れる荒川の対岸には、飯塚・招木古墳群という古墳時代末期の大規模古墳群跡もあり、古代豪族が治めていた歴史が窺えます。

 

渡来系豪族や知知夫国造、そして、この和銅の採掘組織との繋がりを唱える説もあり、秩父地方の奥深き歴史ミステリーを感じさせます。

 

 

国家の一大イベントだった和銅産出と貨幣鋳造でしたが、米と布による物々交換が主流だった時代、なかなか流通せず、発行から約100年後の延暦19年(800)に和同開珎は廃止されます。

 

当時の和同開珎1文の貨幣価値は新成人1日分の労働力に相当したそうです。

 

今の価値ならば…¥15,000程?

 

ところで、その読み方には、"ワドウカイチン"説と"ワドウカイホウ"説があるそうですね。

 

因みに、"開珎"は"初めてのお金"の意味。

 

本殿

(秩父市指定有形文化財)

 

宝永6年(1709)頃の築造。

 

元は秩父今宮神社の本殿として建立されたもので、昭和39年(1964)に移築されました。

 

和銅出雲神社

(御祭神:大国主命)

 

社殿は文化4年(1807)築造の旧本殿。

 

秩父市指定無形民俗文化財の黒谷の獅子舞が春例祭で聖神社、秋祭礼で和銅出雲神社にそれぞれ奉納されます。

 

 

金運にご利益があるとされ、"銭神様"とも呼ばれる神社だけあって、おみくじは金色。

 

御朱印・御守り

 

一目惚れしてしまった金ピカ御守り。

 

眷属の蜈蚣(ムカデ)が描かれています。

 

鎮座祭の折、文武百官(全役人の意味)を遣わす代わりに和銅製の蜈蚣(百足)を参列させと伝わり、元明天皇から下賜されたとされる雌雄の和銅製蜈蚣は、今も宝物庫に安置されているそうです。

 

また、銅の採掘穴を百足穴と呼び、百足には繁殖や隆盛の意味もあるそうで、和銅採掘において蜈蚣は身近な生き物で、時として、神の遣いとして鉱脈へ導く存在だったり、坑夫の守神とも見られたのでしょうね。

 

自然の中に神を見出す日本人らしい眷属。

 

和銅黒谷駅

 

駅にも和同開珎のオブジェ。

 

再び秩父鉄道で長瀞駅へ向かいます。