4年振りの大分県漫遊。

 

これが最終話です。

 

旧稲葉家別邸からすぐ、岩の丘のような臼杵城がそびえています。

 

◆臼杵城◆

(大分県指定史跡・続日本100名城)

 

戦国時代、大友宗麟が築城した丹生島城がその前身で、三方を海に囲まれ、干潮時に陸地と繋がる自然の要害。

 

 

石橋の左右を固める無骨な石垣。

 

岩肌が島の名残りですね。

 

 

古橋

 

橋を渡り、岩場に設けられた道をゆきます。

 

 

岩と石垣が融合しています。

 

鎧坂

 

大友宗麟時代に作られた坂。


名の由来は、馬具の鎧に似ている事から。

*読みは”アブミ”

 

石段の先には櫓が構えています。

 

畳櫓

 

往時から残る現存建造物です。

 

 

島の上から城下を望む。

 

大門櫓

 

平成13年(2001)の復元です。

 

二の丸跡

 

二の丸跡は桜の名所としても知られています。

 

大友宗麟公像

 

かつて、九州北部の覇者となった大友宗麟。

 

そんな大友氏も文禄2年(1593)に改易されて没落し、慶長5年(1600)に美濃国から入府した稲葉氏が15代に渡り明治時代まで城主を勤めました。

 

佛狼機砲(国崩)

*読みは"フランキホウ"

 

天正4年(1576)、ポルトガル副王から大友宗麟に贈られた大砲のレプリカです。

 

これが日本人が初めて手にした大砲で、大友宗麟はこれを量産して臼杵城に配置し、攻め入る島津氏を退けもしました。

 

"国崩"という名の通り、その圧倒的な威力を誇ったのでしょうね。

 

まるで、スターデストロイヤーかソーラレイかw

 

大砲の原型は靖国神社に献納されています。

 

臼杵護国神社

(御祭神:臼杵出身英霊・臼杵藩歴代藩主)

 

巨大な砲弾が献納されています。

 

空濠

 

空壕を渡った先の本丸跡は普通の広場。

 

本丸には三重の天守が建っていたそうです。

 

激酷暑の中、お年寄り軍団がゲートボールに興じていました…

 

 

卯寅口門脇櫓

 

現存建造物の櫓です。

 

続いて、

 

臼杵城から続く通りの突き当たりに鎮座している祇園様へ。

 

臼杵八坂神社

 

7月の臼杵祇園まつりは大分県指定無形民俗文化財です。

 

拝殿

<御祭神>

建速須佐之男命

大名牟遅神

櫛名田比売神

 

承徳元年(1097)の創建と伝わり、地元では"祇園様"として親しまれているそうです。

 

キリシタンだった大友宗麟の時代には迫害を受け、遷座させられたそうですが、稲葉氏の時代に現地に戻されて今に至ります。

 

 

龍でなく河豚のカラフル絵馬。

 

御本殿

(大分県指定有形文化財)

 

安永5年(1776)建立の御本殿には細かな装飾が施され、荘厳な雰囲気。

 

御朱印

 

藩政時代の雰囲気を残す臼杵。

 

九州の覇者を目論んだ大友氏に始まり、戦乱の世を見てきた臼杵。

 

臼杵をもっと知りたい。

 

そんな漫遊の〆でした。

 

 

臼杵駅前の石仏レプリカ。

 

時刻は14時半。

 

特急で大分駅まで戻り、空港バスで大分空港へ。

 

21時前に羽田着。

 

これにて、旅のお仕舞いです。

 

 

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