夏の大分県漫遊。
舞台は宇佐から中津へ。
宇佐神宮からバスで40分、中津の市街に着きます。
<旅の行程>
1日目:宇佐→中津
2日目:耶馬溪→別府
3日目:大分→別府
4日目:臼杵
中津市は福岡県に隣接した人口8万人の都市。
(人口は大分県で第3位)
黒田孝高(黒田官兵衛)が築いた城下町として、また、福沢諭吉ゆかりの地として知られます。
近年は中津からあげでも有名ですね。
そんな城下町を巡ります。
まずは、寺町から。
寺町
その町名の通り、中津城の外堀に沿って寺院が連なっています。
天正15年(1587)、豊臣秀吉により黒田孝高が入封し、城下町が整備されました。
松巌寺
(宗派:臨済宗妙心寺派)
享保2年(1717)に10万石で入封した、奥平家ゆかりの寺院です。
合元寺
(宗派:浄土宗)
天正15年(1587)の創建で、別名赤壁寺。
赤壁寺には血生臭い歴史があります。
鎌倉時代以来の領主・城井鎮房(宇都宮鎮房)が服従せず、黒田孝高の子・長政が和睦と偽って、城井鎮房を中津城に呼び出して討ち取り、ここ合元寺に留め置かれた家臣達も斬られました。
壁一面が血で染まる凄惨さだったそうです。
寺がいくら白く塗り替えても赤く染まる為、ついには赤く塗ったそうです。
騙し討ちにあった城井氏の怨念か…
赤壁寺から先は白壁の寺院が連なります。
圓龍寺
(宗派:浄土宗)
寛永9年(1632)に入封した小笠原氏が建てた寺院。
閻魔寺として知られます。
織部灯籠
(大分県指定有形民俗文化財)
茶人として知られた戦国大名・古田織部が考案したという灯籠。
所謂、マリア灯籠です。
蘇鉄が九州らしい風景。
西蓮寺
(宗派:浄土真宗)
天正16年(1588)、黒田孝高の弟・光心師が創建しました。
寺町を北の端から振り返る。
そこからすぐ、偉人の旧居があります。
福澤諭吉旧居
(国指定史跡)
*観覧料¥400
ご存知、福澤諭吉。
天保5年(1835)、大阪で中津藩の下級藩士・福澤家の次男として産まれますが、その翌年に父親が亡くなり、母子6人で母の故郷、中津に帰郷します。
安政元年(1854)に長崎に移住する迄、福澤諭吉が生活をした住居で、享和3年(1803)の築造。
幼少期は、お札を踏んで祟りがあるか試したり、神社で悪戯をしたりと、かなりの悪童だったそうです。
長崎から大坂に渡り、22歳で緒方洪庵の適塾の塾頭となり、安政5年(1858)には、江戸の中津藩中屋敷で蘭学塾を開きます。
これが後の慶應義塾大学です。
昭和5年(1930)建立の銅像。
幕末から明治という文明開花の中で、近代化と西洋化を牽引した偉人の原点を垣間見れる史跡でした。
村上医家史料館(村上玄水旧宅)
(中津市指定史跡)
*観覧料¥210
寛永17年(1640)から今も続く医家・村上家の屋敷を活用した史料館。
見事な袖壁の建物は江戸時代後期のもの。
この日の昼は駅近くの老舗へ。
宝来軒本店
創業昭和23年(1958)、暖簾分けやフランチャイズ展開もしている、大分を代表するラーメン屋です。
特製ラーメン
旨味深い、まったり豚骨ラーメン。
創業者は元寿司職人でしたが、親族が"博多ラーメンの源流"と言われる博龍軒を営んでいた事もあり、ラーメン屋に転じたそうです。
ご当地マンホール
福澤諭吉旧居のデザイン。
次回、中津城の記事です。





















