世界遺産、富岡製糸所後編。
東置繭所の向かいに並ぶ建造物から。
検査人館
(国指定重要文化財)
前編でも側面の写真を掲載した検査人館。
正面も、和な瓦屋根に洋な煉瓦壁。
検査人館と渡り廊下で繋がる寄宿舎棟。
和の渡り廊下を洋の造りで表現といった感じ?
女工館
(国指定重要文化財)
明治6年(1873)竣工。
ブリューナが母国フランスから連れきた女性技術指導者の為に建てられましたが、4年の任期を満たす前に全員が離任、帰国をしてしまったそうです。
(日本の気候風土に馴染めなかった?)
その後は、役員宿舎や食堂に転用されました。
西置繭所
(国宝)
倉庫の手前の小屋は高圧変電所です。
倉庫の前の通路を抜けて行きます。
繰糸所
(国宝)
*読みは"ソウシジョ"
フランス式製糸器を導入した世界最大規模の製糸工場で、フランスから輸入したガラス窓で採光をして作業効率を上げるという、革新的な試みもなされました。
この設計は、明治6年(1873)の操業開始から6年程で全国26の製紙工場にも導入されました。
小屋組みにトラス構造を用い、柱の無い空間を作っています。
ずらりと並ぶフランス式繰糸器。
その数、300釜。
理屈抜きに男子が好きなメカな風景。
廊下のタイルな洗面所が気になる。
診療所・病室
昭和15年(1940)に再建された医院建築。
首長館(ブリューナ館)
(国指定重要文化財)
ブリューナ家の居宅として建てられた、L字型の平屋擬洋風建築です。
明治12年(1879)にブリューナが帰国した後は、工女向けの教育施設として活用されました。
後に増築された寄宿舎に隣接しています。
浅間寮・妙義寮
昭和15年(1940)竣工の宿舎です。
このエリアは立入禁止です。
敷地内をぐるりと巡って1時間と少し。
150年前、日本に産業革命の風が吹いた時代。
その風に乗り技術革新をもたらした富岡製糸場。
明治24年(1881)に民営化され、三井家を始め、経営母体が幾度か変わり、戦後の生糸需要減、中国産の廉価生糸に押され、遂に昭和62年(1987)、バブル崩壊と共に閉業に至りました。
周辺にも公開遺構があります。
旧韮塚製糸所
*見学無料
富岡製糸場を模範として、明治9年(1876)から数年操業しました。
駅前にも観光施設があります。
旧富岡倉庫
明治後期〜大正時代に築造された、富岡製糸場の繭倉庫群です。
令和4年春、Cafeや物産館、観光案内所としてオープンしました。
広場やトイレ施設の設計に隈研吾も関わっているそうです。
上州富岡駅
壁の時計が繭の形で可愛い。
ご当地マンホール
富岡製糸場と繭と市の花・桜のデザイン。
11年振りの富岡製糸場。
工場としての役目は終えた後も大切に保存され、近代日本の日の出を後世に伝える貴重な産業遺産という新しい役目を得て、今も時を刻み続けています。
絹が再び脚光を浴びる時が来ますように…
旅の舞台は下仁田へ。
<世界遺産となった日本の産業遺産群>
「石見銀山遺跡とその文化的景観」石見銀山(大森銀山)
「佐渡島の金山」佐渡金山
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」韮山反射炉
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」軍艦島(端島)
「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」旧鹿児島紡績所技師館(異人館)




















