津軽藩(弘前藩)の城下町、弘前。

 

江戸時代を通して津軽氏が納め、その藩庁が置かれたのが弘前城。

 

桜の名所としても有名な名城を巡ります。

 

◆弘前城◆

(国指定史跡・日本100名城)

三の丸東門

(国指定重要文化財)

 

慶長年間(1596〜1615)建立の城門。


質実剛健、貫禄です。

 

屋根には鋳鉄製の鯱鉾が構えています。

 

 

外堀と内堀に囲まれた名城。

 

城址は弘前公園として整備されています。

 

 

三の丸から内堀を渡り二の丸へ。

 

東内門外橋

 

弘化5年(1848)築造、城内唯一の石橋。

 

二の丸東門

(国指定需要文化財)

 

城門はどれも同じ造りです。

 

ソメイヨシノ

(青森県指定天然記念物)

 

城址内の最長寿の桜で、明治15年(1882)に旧藩士により植樹されたものです。

 

ソメイヨシノの樹齢は60年程とされる中、既に140歳超えという凄さ。

 

下馬橋

 

この先が本丸。

 

 

石垣と木々の合間から天守がチラリ。

 

鶴の松

 

推定樹齢300年の黒松です。

 

その名の通り、鶴が舞うかの如く。

 

天守(御三階櫓)

(国指定重要文化財)

 

天正18年(1590)、南部氏の家臣であった大浦為信が豊臣秀吉に領土を安堵されて(要は、下剋上)、津軽氏に改姓して、文禄3年(1594)にこの地に城を築きます。

 

慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、徳川方に付き、4万7千石の弘前藩を設けます。

 

以降、弘前は津軽地方の中心となります。

 

 

平成28年(2015)から始まった石垣の修繕工事により、本来の天守台から曳屋されています。

 

工事は令和7年(2025)の完成予定。

 

 

現在の天守は文化7年(1810)の再建。

 

 

天守としては小振りですが、これは、三層櫓として幕府に建設の承認を得た為。

(徳川の世で天守築造は御法度)

 

 

内部は資料館となっています。

 

 

本丸から望む岩木山。

 

鷹丘橋

 

本丸から北側へ。

 

二の丸丑寅櫓

(国指定重要文化財)

 

城址には他にも2つの櫓が残っています。

 

青森県護国神社

(御祭神:青森県出身の戦没者29171柱)

 

四の丸に明治2年(1869)に創建されました。

*記事は次回

 

北の郭北門(亀甲門)

(国指定重要文化財)

 

北の城門から出て、城址巡り終了。

 

三の丸追手門

(国指定重要文化財)

 

夜は門にだけ明かりが灯っていました。

 

津軽為信公像

 

下剋上により津軽地方を手中にした名将。

 

2代藩主・信牧は正室に徳川家康の姪、満天姫を迎えて徳川家との繋がりを強める一方で、石田三成の娘、辰姫を側室に迎え、3代藩主・信義をもうけます。

 

関ヶ原の戦いの勝者と敗者の血を受け継ぐ津軽氏、以降も代々、津軽地方を納めました。

 

たか丸くん

 

平成21年(2009)の弘前城築城400年祭で誕生。

 

由来は弘前城の別名、鷹岡城から。

 

次回、護国神社の記事です。

 

続く。

 

 

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