千本格子の町並みを抜けて。

 

富山漫遊、最後の地へ。

 

そこには、加賀藩からの加護を受けた八幡様が鎮座しています。

 

◆有礒正八幡宮◆

*読みは"アリソショウハチマングウ"

 

渋い木の鳥居と城郭風の石垣が構えています。

 

随神像

(高岡市指定有形文化財)

 

大正10年(1921)の建立です。

 

高岡銅器の匠で、皇居の装飾も手掛けた米治一の作品です。

 

 

まるで、命が宿っているかのよう。

 

石垣

 

慶長17年(1612)、現在地に遷座した際、前田利長から奉納されたもので、高山右近の意により築城様式の石垣となったそうです。

 

ずらり連なる石灯籠が壮観。

 

御用水

 

明治42年(1909)に皇太子殿下(後の大正天皇)が行啓された際に献上された御神水。

 

 

ちょっとした庭園風情。

 

 

参道を進みます。

 

御神木(親子抱き合いの欅)

 

江戸時代、親木の傍らで芽吹いた子木が成長して、親子支え合っていた欅の古木。

 

当時、家内安泰の信仰を集めていたそうです。

 

 

親木が枯木となった今も子木が親木を包み込んでいます。

 

人間もこうでありたいですね。

 

四魂燈台

 

社殿を模した銅製灯籠。

 

四魂とは、和魂・荒魂・幸魂・奇魂の意。

 

拝殿

(国登録有形文化財)

<主祭神>

有礒神・綏靖天皇

応神天皇・仁徳天皇・神功皇后・武内宿禰命

 

古代、雨晴海岸に鎮座していた有礒海(氷見七浦)の守護、有礒宮と、金屋町の宗泉寺の場所に鎮座していた横田正八幡宮が慶長15年(1610)に合祀され、その2年後に現地に遷座、今に至ります。

 

 

拝殿・幣殿・御本殿と続く造り。

 

社殿内の春秋の障子絵が雅び。

 

 

各方向に破風を設ける八棟造りに近い、独特の有磯造りの社殿。

 

現在の拝殿・幣殿は昭和10年(1935)、後方の御本殿は明治16年(1883)の造営。

(御本殿も国登録有形文化財)

 

 

境内を振り返る。

 

 

接続しているのは神饌所でしょうか。

 

 

木々が萌え、苔が潤う境内。

 

かえる石

 

蛙に見えるという霊石。

 

 

神田米を栽培していました。

 

 

まるで庭園の様な境内。

 

お社を預かる方々の心の美しさを反映しているかのよう。

 

 

社務所は不在の様子で、御朱印は頂けず。

 

時刻は16時。

 

立山・富山・岩瀬・城端・五箇山・井波・伏木・高岡…

 

4日間の充実した旅を振り返り、感慨に浸る。

 

まだまだ深掘りしたい高岡。

 

不完全燃焼だった岩瀬や伏木。

 

訪れていない八尾や滑川。

 

長年訪れていない黒部。

 

また数年後に新しい富山漫遊を企てたい。

 

高岡を後にして、富山で〆のラーメンをして帰京です。

 

漫遊はこれにてお終い。

 

次回はおまけ記事。

 

続く。