東海道五十三次の宿場町、二川宿。
かつての本陣と隣接した旅籠屋を資料館として公開している施設があります。
◆二川宿本陣資料館◆
大名が宿泊した本陣、庶民が宿泊した旅籠清明屋と資料館の3つから構成されています。
まずは外観から。
二川宿本陣
(豊橋市指定史跡)
文化4年(1807)から明治時代まで武田家の家臣、馬場氏の子孫が運営をしました。
昭和60年(1985)まで馬場家が居住したの後、市に寄贈されて改修工事の上、一般公開に至ります。
旅籠屋 清明屋
(豊川市指定有形文化財)
寛政年間(1789〜1801)に開業した旅籠屋で、現在の建物は文化14年(1817)の築造。
東海道の宿場町の旅籠の平均数は56軒。
二川宿は20〜40軒程で、小規模なものでした。
*入館料¥400
それでは、中へ。
資料館には宿場町や東海道に関する資料が展示されています。
資料館を抜けて清明屋の敷地に入ります。
裏座敷
小さな離れの様な裏座敷。
隠居部屋として使われたそうです。
ミセニワ・ミセの間
旅人はここで足を洗い、奥に案内されたそうです。
奥次の間
旅籠での配膳の風景が再現されています。
献立は魚と煮物と一汁二菜にお櫃ご飯。
下湯殿
お風呂は奥次の間の裏手に。
続いて、本陣へ。
二川宿本陣
表門
東海道には111軒の本陣がありました。
今も残っているのは草津宿(滋賀)とここのみ。
天井の高さは本陣ならでは。
通り土間の左が荷物置き場の板の間、右が勝手です。
勝手
本陣内で最も古い部分で、宝暦3年(1753)築造。
勝手座敷ではお茶菓子も頂けます。
玄関棟
玄関棟は文化4年(1807)の築造。
安政元年(1854)の地震で倒壊し、その後に再建されました。
坪庭に面した落ち着いた座敷。
玄関・式台
大名用の玄関で、向かい入れる際はその大名の家紋の膜が張られたそうです。
上段の間
大名が泊まる座敷です。
明治時代に取り壊されましたが、調査結果に基づき復元されました。
上段の間から望む庭園。
上湯殿
清明屋の下湯殿との格差に時代を感じますね。
ぐるりと巡って出入口に戻ります。
宿場町風情に浸れるひと時でした。
次回、駒屋の記事を送ります。
(愛知漫遊記事も残りあと2話)
続く。




















