愛知県の城と言えば、名古屋城。

 

けれど、東の三河地方にも名城があります。

 

<旅の行程>

1日目:蒲郡

2日目:蒲郡→田原→豊川→豊橋

3日目:豊川→豊橋→二川宿

 

三河国の中心だった豊橋にその城はあります。

 

◆吉田城◆

(豊橋市指定史跡・続日本100名城)

三の丸口

 

豊橋駅から路面電車で5分、市役所前下車。

 

現在、豊橋公園となっている城址に到着。

 

旧歩兵第十八連隊哨舎

 

空になった旧歩兵第十八連隊哨舎が公園入口で今も来訪者を見張っています。

 

城址は明治時代に陸軍の所有となり、第十八連隊が置かれました。

 

 

門の先は、桜や松や蘇鉄が茂る花園。

 

 

公園となっている二の丸跡から空堀を超えて本丸跡へ。

 

 

緑豊かな公園から一気に城址の雰囲気。

 

ここ吉田城は永正年間(1504〜1521)の初め頃に牧野氏が築いた城を前身とし、戦国時代には三河地方の重要拠点として度々の争奪戦が繰り広げられました。

 

南御多門跡

 

そして、豊臣政権下で池田輝政が城主となり、城と城下町の整備が進められました。

 

評定櫓跡

 

江戸時代には、三河吉田藩の政庁が置かれ、松平氏の居城となります。

 

鉄櫓

*入館無料

 

昭和29年(1954)に復元された櫓で、平成5年(1993)、改修工事の末、一般公開されて今に至ります。

 

 

石垣の向こうは豊川。

 

 

自然の堀として城を守りました。

 

 

 

櫓内には、往時の吉田城の風景や復元模型が展示されています。

 

 

豊橋の城下町の歴史も学べ、無料にしてはとても充実した展示内容。

 

 

 

最上階は天守閣風。

 

顔出しパネルは城下町の礎を築いた池田輝政。

 

 

川辺より櫓を見上げる。

 

公園の一角の復元櫓ですが、なかなか見応えがありました。

 

かつて、今川氏→豊臣氏→徳川氏と支配者が変わった三河の地で、常に重要拠点とされた吉田城。

 

その歴史が今の豊橋を築いているのでしょう。

 

豊橋市公開堂

(国登録有形文化財)

 

城址の前に建つ公開堂。

 

昭和6年(1931)竣工で、ロマネスク様式を基調とした洋風建築。

 

スパニッシュ・コロニアル風の円形ドームや幅の広い石段、そして、柱の鷲の彫刻が存在感を放ちます。

 

 

公開堂の傍にも迫力の二羽の鷲。

 

 

ところで、豊橋は路面電車のある街。

 

ご当地マンホール

 

公開堂と路面電車と市の花・ツツジの柄。

 

城址を後にして、豊橋が誇る手筒花火ゆかりのお社へ向かいます。

 

続く。

 

 

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