上社前宮から徒歩5分程。

 

街道沿いから一本入ります。

 

◆神長官守矢史料館◆

 

ここは現人神であった大祝・諏訪氏の元で、神長官を勤めた守矢家の歴史に触れられる史料館。

 

守矢家の祖先は諏訪氏以前からの土着の神。

 

出雲の国譲りで大和朝廷に屈し、この地に逃れてきた建御名方神。

 

その建御名方神を祖神とし、現人神としてこの地を支配した諏訪氏。

 

祈祷殿

(茅野市指定有形文化財)

 

現在の祈祷殿は昭和5年(1930)の改築。

 

侵攻し支配すれど、滅亡させる事無く融合の道を歩んだ諏訪と守矢両氏。

 

日本人の美徳がここに。

 

向かいには、立派な式台玄関のお屋敷。

(守矢家ご当主の居宅?)

 

 

先を進むと、史料館が見えてきます。

 

地元出身の建築史家・建築家の藤森照信氏の設計によるもので、守矢家78代当主と幼馴染という縁から手掛ける事になったそうです。

 

守矢史料館

*入館料¥100


入口の御柱の様な柱が印象的。

 

展示物もインパクト大。

***閲覧注意***

 

狩猟民族であった守矢氏。

 

稲作が伝来する以前の縄文時代、この地の五穀豊穣の概念は山の幸"獣"でした。

 

守矢家に残る史料を元に、奉納神事の一幕が再現されています。

 

 

4/15の御頭祭では、近世まで前宮の十間廊に鹿の首75頭を始め、猪や魚、雉も供えられ、神事が執り行われていたそうです。

 

五穀豊穣=稲作となった諏訪氏の支配下となっても廃絶されず生き続けたという事実。

 

熱心に解説をしてくれた係の方とお別れして、周辺散策へと。

 

ミシャグジ総社

(御祭神:御左口神)

 

ミシャグジとは、諏訪が起源の民間信仰で、石や木の神様を指すと言われています。

 

自然信仰の深き風景に吸い込まれて…

 

祠にもミニ御柱。

 

 

裏手に進むと、藤森照信氏によるユニークな建造物に出逢います。

 

空飛ぶ泥舟

 

子供心溢れるユーモラスな造り。

 

高過庵


高過ぎるものから低過ぎるものまで。

 

低過庵

 

近江八幡の「ラ・コリーナ近江八幡」や大分県の「ラムネ温泉館」、京都の「矩庵」などなど、どれも自然と子供の夢が融合したような名建築揃い。

 

ところで、"看板建築"という言葉も藤森氏が生み出した言葉だそうです。

 

 

街道に戻り、上社本宮へ向かいます。

 

権祝邸

*通常非公開

 

諏訪大社の神職・権祝を勤めた矢島氏の邸宅。

*読みは"ゴンノホウリ"

 

通りは門前町風情に。

 

その先に鳥居が見えてきました。

 

 

いざ、本宮参り。

 

ご当地マンホール

 

国宝の土偶(縄文のヴィーナス・仮面の女神)と八ヶ岳、茅野市の木・白樺と花・りんどうの柄。

 

縄文推しの茅野市。

 

土偶が展示されている「尖石縄文考古館」にも行ってみたい。

 

続く。