宇佐神宮番外編。
境内周辺の風景を送ります。
<旅の工程>
1日目:日出→杵築→中津
2日目:宇佐→大分→別府
3日目:別府→臼杵
西参道の端に架かる呉橋。
その先には、かつて朝廷からの勅使が通った勅使道が続いています。
往時の風景は失われていますが、所々に町屋風の建築が建っています。
勅使道
勅使道から宇佐神宮を振り返る。
5分程進むと、街道は坂道に。
坂の中腹、石垣と塀が見えてきます。
百体神社
(御祭神:大隈日向隼人霊)
養老4年(720)、隼人の乱を平定する為、宇佐の神軍も八幡神を神輿に担ぎ出兵したそうです。
その際、討たれた隼人の首100個が宇佐に持ち帰られ、埋められました。
その霊を鎮める為に建てられたのが百体神社。
天平16年(744)、霊を鎮める放生会が行われ、今も仲秋祭として受け継がれています。
(これが日本で最初の放生会)
御本殿は覆屋の中。
御本殿
坂を上り切り、振り返る。
坂の先は長閑な田園風景。
そんな田んぼの一角に石の塚があります。
凶首塚古墳
(大分県指定史跡)
隼人の首を埋めた古墳と伝わります。
ただ、隼人の乱よりも100年前の古墳で、実際には、宇佐の豪族の墓だそうです。
塚からすぐ、井戸が3基連なっています。
化粧井戸
(大分県指定史跡)
宇佐神宮の放生会に参加する古表社・古要社が傀儡子(操り人形)を洗う井戸です。
1300年間受け継がれる慰霊祭。
争乱と鎮魂の歴史を垣間見る散策でした。
時刻は10時半。
バスで宇佐駅へ。
バス待合所が八幡造風。
宇佐駅
宇佐の地を後にして、大分へ向かいます。
別府湾に架かる虹…車窓から。
続く。














