対馬2日目。
観光タクシー周遊から戻り、厳原散策。
神社と武家屋敷巡りです。
<旅の行程>
1日目:博多→宗像→福津→箱崎→博多泊
2日目:壱岐(郷ノ浦→勝本→芦辺)→対馬(厳原)泊
3日目:対馬(海神神社→和多都美神社→烏帽子岳)→対馬(厳原)泊
4日目:対馬(厳原)→博多
厳原の中心を通る大通り沿いに、重厚な石垣と鳥居が建っています。
◆厳原八幡宮神社◆
"八幡宮"+"神社"という一風変わった社名。
厳原八幡宮とも称されるそうです。
対馬を象徴する赤みを帯びた石垣。
境内に入ると、参道が分岐しています。
右が八幡様、左は境内社へ続いています。
まずは右手、八幡様へ。
神門
高床式?な造りが面白い。
脚柱の上にはちゃんと随神像がいます。
剛健な雰囲気漂う参道。
社務所
式台風の玄関に歴史を感じます。
手水舎・神馬像
拝殿
<御祭神>
応神天皇
神功皇后
仲哀天皇
姫大神
武内宿禰
神功皇后が三韓征伐の帰途、ここ清水山に天地の神々を祀ったのを起源として、後の天武天皇6年(667)、勅命により八幡神を祀ったと伝わります。
古代、木板八幡宮(現海神神社)を本宮・上津八幡、厳原八幡宮を新宮・下津八幡と称していました。
下津八幡は伊豆山にある上津八幡から分霊を請けた為、この地を"伊豆が原"と呼ぶようになったのが、"厳原"という地名の由来だそうです。
拝殿から御本殿を望む。
明治時代、和多都美神社に社名変更、時を同じくして和多都美神社に改称した木板八幡宮(現海神神社)と一の宮争いもあったようですが、明治23年(1900)に八幡宮神社に復して今に至ります。
"和多都美"を巡る三社の狂想曲?
御本殿
安政6年(1859)の築造です。
荘厳で巨大な御本殿に深みある檜皮葺屋根。
後方には宝物殿があり、神社や対馬に関する資料が収蔵されています。
*拝観料¥300
続いて境内社巡り。
平神社
(主祭神:天穂日尊・日本武尊)
神門から出て境内の西側へ。
宇努刀神社
(御祭神:須佐之男命)
*読みはウノトジンジャ
延徳3年(1491)に遷座されたものです。
その傍らの巨木がもの凄い雰囲気。
天神神社
(御祭神:安徳天皇・菅原道真公)
(合祀)今宮・若宮神社
(御祭神:小西夫人マリア)
現在知られる史実では、壇ノ浦の合戦で入水した安徳天皇ですが、難を逃れて晩年を対馬で過ごしたという伝承が対馬にはあり、厳原には御陵とされる墳墓も遺っています。
崩御された後にこの地に祀られたそうです。
また、天神神社には小西行長の長女で、対馬藩主宗氏に嫁いだ、小西夫人マリアとその子を祀る今宮若宮神社が合祀されています。
石段上から。
石段下から。
質実剛健な石と緑の境内。
対馬の府中を鎮守した八幡様。
その威厳は今もそこに。
御朱印
続く。

















