対馬漫遊の2日目。
この日は事前に予約していた観光タクシーで島内巡りです。
*料金は概ね¥4,000/1時間
ドライバーの方が島の歴史に精通していて、移動中もとても楽しく有意義でした。
<旅の行程>
1日目:博多→宗像→福津→箱崎→博多泊
2日目:壱岐(郷ノ浦→勝本→芦辺)→対馬(厳原)泊
3日目:対馬(海神神社→和多都美神社→烏帽子岳)→対馬(厳原)泊
4日目:対馬→博多
まず向かったのは、対馬国一の宮。
律令制による68国に置かれた一の宮の数は90社超に及びますが、その中でも対馬は難所。
厳原から1時間弱、島の北西部へ。
◆対馬国一の宮 海神神社◆
*読みはカイジンジンジャ
海に程近い伊豆山の麓から御神域へ。
"伊豆"の語源は"厳"で、聖地を意味します。
("厳"島と同じ)
社叢は手付かずの原生林。
野鳥の森
(長崎県指定天然記念物)
神宝庫?
ここ海神神社は忌むべき事件の舞台。
平成24年(2012)、韓国人窃盗団により国指定重要文化財の"銅造如来立像"が盗まれますが、"かつて、日本が韓国から略奪したもの"という暴論により、韓国が返還を拒否したあの事件です。
その後、海神神社の仏像は返還されたものの、破損している状態で、他の寺院から盗まれた仏像は未だ返還されず…
祭魂社
手水舎
数百段の石段を上がっていきます。
所々に点在する磐座の様な巨石。
真新しいコンクリート製鳥居。
石段を上り終えると、そこには巨大な社殿。
拝殿
<御祭神>
豊玉姫命
創建年代は不詳。
社伝によれば、神功皇后が三韓征伐から帰還した際、持ち帰った"八つの旗"を祀った事が創祀と伝わり、江戸時代までは木坂八幡宮と称され、八幡神社の発祥地とも言われたそうです。
拝殿は舞殿の様な造り。
明治時代、「延喜式」に記載されている和多都美神社の論社を主張し、社名を同名に変更したものの、すぐに現社名に再変更します。
(社格を上げる政治的意図があった模様)
その過程で、御祭神も八幡様から豊玉姫命に変わっていったようです。
拝殿に繋がる神饌所風の建物。
例祭の時、ここで宴が展開されるとか。
御本殿
連なる境内社。
神輿庫
「延喜式」記載の式内社は九州に98社ありますが、その内29社が対馬に、24社が壱岐に存在しています。
古代、いかに対馬・壱岐が重要だったかが窺える数字。
一の宮巡りを始めて8年。
最も難所な一の宮のひとつ、海神神社。
感無量とはこの事。
御朱印
*無人の社務所に書き置きがあります
境内を後にして、海辺へ。
対馬特有の風景がそこにはあります。
木坂の藻小屋
江戸時代、農作物の肥料として海藻を干して保管した石積みの小屋です。
ヤクマの塔
(国選択無形民俗文化財)
太陽神を崇める天道信仰によるもので、石塔は山を表現しています。
古代から伝わる対馬の自然崇拝の形。
自然崇拝による神々が時代の流れと共に、日本神話の神々に置き換えられました。
かつて、古代祭祀において吉凶を占う卜部は"対馬か壱岐の者"に限定され、神道において、二島が担った役割はとても重要でした。
神々の島、対馬。
神道の源流を感じるひと時でした。
続く。
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