北部の勝本港からバスで20分。

 

東部の港町、芦辺町に着きます。

 

再びジェットフォイルで対馬へ向かうのですが、1時間程余裕があるので、周辺散策。

 

<旅の行程>

1日目:博多→宗像→福津→箱崎→博多泊

2日目:壱岐(郷ノ浦)→壱岐(勝本)→壱岐(芦辺)→対馬泊

3日目:対馬→対馬泊

4日目:対馬→博多

 

壱岐神社バス停下車、高台へ向かいます。

 

◆壱岐神社◆

 

どこまでも広がる青い空に白亜の鳥居。

 

潮風を感じて、とても清々しい。

 

無人ですが、境内はとても綺麗。

 

 

手水舎

 

白い玉砂利の美しい境内を進みます。

 

拝殿

<御祭神>

亀山天皇

後宇多天皇

少弐資時公

ショウニスケトキ

壱岐市内護国御英霊

 

創建は昭和23年(1948)、歴史深い神社が多い壱岐で一番新しい神社です。

 

元寇の折り、国家安泰を祈願した亀山天皇・後宇多天皇と、弘安4年(1281)の弘安の役で戦死した少弐資時…まさに国家の存亡を目の当たりにした島ならではの御祭神。

 

 

拝殿内には、元軍の碇石が置かれ、元寇を描いた額も飾られています。

 

 

御本殿

 

御本殿は昭和19年(1944)の築造で、その4年後に鎮座際が行われました。

 

 

昭和31年(1956)には、靖国神社より英霊の御分霊を奉還して護国神社ともなります。

 

元寇と世界大戦という、二つの大戦の英霊が鎮まる美しきお社。

 

日本人が歩んできた歴史、命を賭けて戦った人々を想うと、胸の奥底が熱くなります。

 

元寇取材記念植樹

 

平成24年(2012)の記念植樹で、モンゴル大使と壱岐の交流は今も続いているそうです。

 

ところで、

 

元寇と聞くとモンゴル・蒙古を連想しますが、実際には、蒙古兵は数十名のみで、他の数万は高麗(朝鮮)・中国兵による混成部隊でした。

 

元軍により凄惨な大量殺戮が行われ、生き残ったのは僅か60名程だったそうです。

 

 

立場が逆だったら、永久に恨み続けるとか言われのでしょう…ね。

 

御朱印

 

拝殿内に書き置きがあります。

 

神社のある高台は公園として整備されていて、雄大な玄界灘を望めます。

 

少弐公園(弘安の役 瀬戸浦古戦場)

(長崎県指定史跡)

 

高台の頂、木々の中に佇む英霊の墓。

 

少弐資時公墳墓

 

古くから"ショウニイ様"と言われていた墳墓ですが、明治31年(1898)に少弐資時の墓と判明し、島民の信仰が証明されました。

 

時刻は16時過ぎ。

 

芦辺港のフェリーターミナルへ向かいます。

 

島の猫はのんびり。

 

 

少弐資時公像

 

平成9年(1997)、元寇720年記念に芦辺港ターミナル前に建てられました。

 

享年19歳で散った若武者。

 

歴史の教科書には出てこないかもしれないけれど、日本人が知るべき武将。

 

17時過ぎに芦辺港を経ちます。

 

*芦辺港→対馬厳原港:¥3,360(行程割引価格)

 

今回、縦断しながらの途中下車でしたが、壱岐にはまだまだ溢れる程の見所があります。

 

古墳群に史跡に博物館、コバルトブルーのビーチに歴史ある温泉街。

 

 

次回は壱岐で一泊しないと。

 

漫遊の舞台は対馬へ。

 

続く。