函館・江差漫遊2日目。

 

函館の反対側、日本海側の港町へ。

 

函館駅前からバスで2時間と少し、鰊漁で隆盛を誇った江差に到着です。

*鰊(ニシン):別名春告魚。数の子は鰊の卵

 

バス停から一本入ると、

 

そこには、

 

かつて、鰊漁と檜材で繁栄した往時を偲ぶ町並みが再現されています。

 

いにしえ街道

 

江戸時代、稲作が普及していない北海道が年貢として収めたのが鰊でした。

 

 

春になると、鰊の群れが押し寄せ、産卵と放精により海が白く染まり、その現象は"群来(クキ)"と呼ばれました。

 

 

鰊漁は江差から留萌に至る日本海側の町に巨万の富をもたらします。

 

中でも江差は、"江差の5月は江戸にもない"とまで謳われた程でした。

 

江差横山家

(北海道指定有形民俗文化財)

 

江差の隆盛振りを今に伝える横山家の屋敷。

 

明和6年(1769)、初代 横山宗右衛門が能登半島から江差に渡り、財を成しました。

 

主屋や蔵が連なる独特の様式。

 

 

残念ながら、現在一時閉館中…

 

 

江戸期の蔵を活用したパン屋。

 

 

その向かいには、大正期の建物たち。

 

 

旧函館区公会堂を模したかのような建物も。

 

 

そして、

 

繁栄した町ならではの立派な役所建築。

 

江差町会所会館(旧江差町役場本庁舎)

 

江差町郷土資料館(旧檜山爾志郡役所)

(北海道指定有形文化財)

 

明治20年(1887)に建てられた郡役所。

 

役所前から望む江差の町並みと海。

 

 

続いて、

 

街道を抜けて、岬方面へ。

 

えさし道の駅

 

中の食事処でひと休み。

 

 

貴重な江差産鰊の甘露煮を使ったニシンそばを頂きました。

 

 

江差における鰊漁は延宝元年(1673)に始まり、明治期の凶漁の後、大正2年(1913)を最後に鰊の群来は見られなくなります。

 

乱獲か環境変化か…その要因は解明されていませんが、自然相手ゆえ、そもそも未来永劫続くものではなかったのでしょうね。

 

そんな江差で頂くニシンそば…

 

感銘深い一杯でした。

 

道の駅の裏手には、幕末の軍艦の模型が展示されています。

 

開陽丸記念館

 

戊辰戦争時に江差沖で座礁、沈没した戦艦、開運丸の復元模型です。

 

鰊漁と江戸幕府。

 

栄華盛衰を今に伝える江差。

 

これまた感銘深い。

 

江差追分会館

 

ソーラン節と並ぶ民謡、江差追分を伝える資料館です。

 

ご当地マンホール

 

開陽丸や瓶子岩といった名所の柄。

 

鰊漁による隆盛もひとつのバブル。

 

時代と対象が変われど、人類は常にどこかでバブルに振り回される。

 

そんな人類の宿命を思う散策でした…

 

続く右矢印