ウィリアム・メレル・ヴォーリズ

 

明治38年(1905)、英語教師として来日したヴォーリズは、近江八幡の地で教師・宣教師・建築家として活躍し、日本各地に多くの名建築を残しました。

 

教会や校舎、個人宅から病院、郵便局まで一千棟もの建築を手掛け、その多くが有形文化財や重要文化財になっています。

 

京都大学、同志社大学、関西学院大学、神戸女学院、明治学院、横浜共立学園の校舎や会館、チャペル…更には、大丸心斎橋店など。

 

そして、第二次世界大戦の最中、昭和16年(1941)に日本国籍を取得し、昭和39年(1964)、82歳で永眠します。

 

因みに、日本名は一柳 米来留。

("米国から来て留まる"とシャレの効いたもの)

 

そんなヴォーリズの建築遺産を巡りました。

 

まずは、町の中心から。

 

◆アンドリュース記念館◆

(国登録有形文化財)

 

明治40年(1907)、キリスト教青年会(YMCA)の会館として建てられたもので、これがヴォーリズ建築第一号。

(館名はヴォリーズの親友の名前に因みます)

 

 

その正面にも一軒。

 

◆旧近江兄弟社地塩寮◆

 

玄関部分を除けば、ほぼ和な建築。

 

ヴォーリズが設立した製薬会社、"近江兄弟社"の旧独身寮として、昭和15年(1940)に建てられもので、現在は教会関係の施設・住居として使われています。

 

◆ヴォーリズ記念館◆

(滋賀県指定有形文化財)

 

晩年のヴォーリズ夫妻が住んだ邸宅で、昭和6年(1931)築。

(見学は事前予約制/入館料¥300)

 

◆ヴォーリズ学園◆

 

ヴォーリズ建築ではありませんが、大正11年(1922)にヴォーリズ夫妻が設立した学校で、敷地内に有形文化財のヴォーリズ建築"ハイド記念館・教育会館"があります。

 

続いて、町の西側へ。

 

"アメリカ村"と呼ばれた町があります。

 

池田町洋風住宅街です。

 

◆ダブルハウス

 

煉瓦塀に囲まれた"コロニアルスタイル"の二世帯住宅で、大正9年(1920)築。

 

"コロニアルスタイル"とは、欧州の植民地で発達した建築様式の事。

 

◆ウォーターハウス記念館◆

(国登録有形文化財)

 

早稲田大学講師として来日し、後に伝道者として近江八幡に移り住んだウォーターハウスの旧邸宅で、大正3年(1914)築。

 

◆吉田悦蔵邸◆

 

大正2年(1913)に建てられた、ヴォーリズの元教え子の住宅です。

 

 

◆滋賀県立八幡商業高等学校◆

 

明治19年(1886)創立の商業高校で、ヴォーリズが英語教師として赴任した学校です。

 

現在の校舎はヴォーリズによる設計で、昭和13年(1938)竣工。

 

再び、町の中心へ。

 

◆クラブハリエ日牟禮カフェ(旧忠田邸)◆

 

日牟禮八幡宮の正面にある「たねや」さんが運営するカフェです。

 

「たねや」さんは滋賀を代表する菓子店で、元は和菓子店だったのをヴォーリズの勧めで洋菓子にシフトしたそうです。

 

◆(株)近江兄弟社◆

 

飛び出し坊やも"メンターム"仕様。

 

ヴォーリズはこの近江兄弟社を設立し、"メンソレータム"の販売権を得て、日本全国に普及させました。

 

その後、経営難に陥り、昭和49年(1974)には会社再生法を適用、"メンソレータム"の販売権を失いますが、類似オリジナル品"メンターム"を販売し、再建へと至ります。

 

"メンソレータム"は女の子の柄

"メンターム"は男の子の柄

(今回初めて知ったこの違い)

 

1階の資料コーナーは見学自由。

 

 

 

そう言えば、我が家のトイレの鏡が"メンソレータム"デザインだったり。

 

最後に、

 

ヴォーリズ建築では無いのですが、擬洋風建築くくりで。

 

◆白雲館◆

(国登録有形文化財)

 

明治10年(1877)築の旧八幡東学校。

 

翼舎と屋根上の太鼓楼が特徴的。

 

和の柄のステンドグラスに時代を感じます。

 

 

ほんのごく一部ですが、近江八幡のヴォーリズ建築巡りでした。

 

次回は夜の近江八幡です。

 

続く右矢印