長崎漫遊の終着地へ。
山王神社を後にして、路面電車で数分。
平和公園へ向かいます。
4年前に完成したエスカレーターを上がると、正面に噴水があります。
平和の泉
石碑に刻まれたある少女の手記の一文。
のどが渇いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが
一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました
否応無しに凄惨な風景が浮かびます…
噴水の先には、各国から寄贈されたモニュメントが並んでいます。
原爆殉難者之碑(長崎の鐘)
軍需工場で働いていた人々の慰霊碑。
長崎刑務所浦上刑務支所跡
この丘には刑務所がありました。
爆心地から100m程の距離しかなく、職員と収容者の全員が即死しました。
建物も全て粉砕し、今では僅かに基礎部分が遺るだけ。
広場の先へ進みます。
平和祈念像
昭和30年(1955)の8月、島原出身の彫刻家、北村西望により建てられました。
空を指した右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は平和を意味し、軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福を祈っています。
折り鶴の塔
今も絶えず折り鶴が贈られています。
広場を振り返る。
原爆も戦争もまるで無かったかのような穏やかな雰囲気。
無から都市を築き上げた人々への尊敬の念がこみ上げます…
広場から下ります。
原爆落下中心碑
ここが爆心地。
右手の煉瓦造りの遺構は浦上天主堂遺壁。
爆心地から500mの丘に建っていた東洋一を誇る教会でしたが、原爆により一部の壁を残して倒壊。
この壁の遺構は天主堂再建の際、現地に移築されたもの。
被爆当時の地層
周辺には、瓦や煉瓦、ガラスの破片が今も大量に埋没しているそうです。
これはその一部を埋めずに展示したもの。
聖徳寺灯篭
爆心地から1,500m程の地にあった聖徳寺の遺構です。
昭和20年(1945) 8月9日 11時02分
原爆投下により、約7万4千人が死亡し、そのほぼ同数の人が負傷しました。
(当時の長崎の人口は約24万人)
生き残った人々を待つ癒えぬ悲しみ、そして、被爆の苦しみ…
長崎には今も3万人近い被爆者の方々がいらっしゃいます。
(被爆者健康手帳保持者数)
人間にとって平和とは、決して手の届かない幻なのかもしれないけれど、人間が人間である限り、世の中から戦争も殺戮も無くならないのかもしれないけれど…
昨日より今日、今日より明日。
ほんの少しでも、
世界の平和の総和が増えますように。
長崎漫遊はこれにてお終いです。
(和洋中の風景に軍艦島に温泉…濃密な三日間でした)
次回、おまけ記事を送ります。
続く![]()













