過去の冬景色の旅。
2011年の会津旅の記事をお送りします。
福島県は浜通り・中通り・会津と、3つの地域に分かれていますが、それぞれの風土があり、とても魅力的。
先の震災では、直接的にも風評被害等の間接的にも、最も被害を受けた土地ですが、自分に何が出来るか?と考えた時、今まで通りに旅に行こうという結論に至り、2011年の暮れに訪れました。
(自分に何が?という発想は、どこか自己満足的に思えて嫌なのですが)
今年か来年、福島~岩手の三陸沿いを巡りたいなぁと思いつつ、会津旅を振り返ります。
郡山から磐越西線で1時間弱、会津若松に到着します。
まずは、会津若松のシンボル、鶴ヶ城へ。
駅前から周遊バスでぐるりと20分、お城の北口に到着。
石垣とお濠がいい状態で遺っています。
春は桜で包まれ、お濠も一面、花水面になりますが、この時は雪化粧。
2009年春↓
石垣の間を縫って行くと、天守が見えてきます。
整備されてた広々とした本丸跡から望む。
鉄門(表門)から天守へと続く長屋…ちょと、ホワイトベースみたいに見える?
2009年春↓
2011年に赤瓦への付替修繕工事が竣工して、幕末の姿に復元されましたが、それ以前の黒瓦の姿です。
お城は桜も雪も似合いますね。
ところで、この鶴ヶ城という名称は通称で、国の史跡としての登録名称は若松城。
県外においては、会津若松城と呼ばれますね。
天守から望む本丸跡。
粉雪が吹雪き、壮観でした。
(こういうのって、ほんと写真では伝わらないですよね)
こちらは、2009年春。
城内にある茶室 麟閣(リンカク)。
千利休が豊臣秀吉に死罪を命じられた後、当時の城主 蒲生氏郷がその子息・小庵をここ会津に匿ったのですが、その時に建てられた茶室です。
明治に鶴ヶ城が取り壊される際、麟閣が失われる事を惜しんだ茶道家・森川善兵衛が政府に願い出て、自宅に移築したそうです。
そして、100年以上の歳月の後、元の城内に再移築されました。
会津の人々の情を感じる美談ですね。
城内にあった多くの建物は、今は土台だけとなっていますが、御三階と呼ばれる当時の会議所は町内の阿弥陀堂に移築されていて、今もその姿を拝観出来ます。
2009年↓
三階建に見えますが、中には隠し階があって、実際は四階建です。
密議に使用されていたらしいです。
お城散策の後はご当地グルメ。
こちら…
「白孔雀食堂」さんで、名物ソースカツ丼。
もぉ、見ての通りです。
見た目ほどこってりテイストでもないので、ペロッといけちゃいます。
ご当地カツ丼巡り、楽しい!
(群馬に新潟に長野…今年は少し攻めていきたいです)
会津若松駅から宿のある会津柳津へ。
続く















