8月も今日で終わりですね。

猛暑が本気を弱めてくれないので、しろくまアイスの摂取が止まりません。

しろくまを食べながら昨日まで、内観と吐き出しと分別を繰り返す日々でしたが、満中陰も終わったので、父の思い出を振り返ってみます。





  リハーサル2回

実はうちの父、今年亡くなるまでに、2回あっちに行きかけているんです。

2018年と2020年。

その度に、母がショックを受けているであろうことを心配しては動き回り、私がしっかりしなきゃとか、こんな時にショックを受けないなんて自分は冷たい人間なんだろうかと思ったりもしてましたが…今思えば間違いなく、私もショック受けてましたね。

それはもう結構なショックを受けていたし、それなりに様子がおかしかったと思います。

自分のショックを正面から見ないで済むよう回避する行動(モロー反射の影響)が、母のために動く口実とうまく噛み合ったのでしょう。


そういえば、父が亡くなった時の自分の感覚に、えも知れぬ「恐怖感」を上乗せしたら、あの頃の自分の感覚に近くなるな。

と思い出しました。



逆に言えば、当時の私が持っていた「恐怖感」は、今ではもう随分と薄れているようです。

ただ寂しい、どこかバランスの崩れたしんどさはあったけど、恐怖はなかった。

固める反射の統合が進んだということでしょう。

反射の統合が進んでいる自覚はそれなりにあるけれど、こういう大きな出来事があると実感が湧きます。

というか2回もリハーサルやられたら、いい加減こちらも覚悟せざるを得ないし。

家族で協力しながらお葬式とか色々準備しましたし、親類や友人達からも力づけてもらえました。
それもちゃんと受け取れて、自分で勝手に孤独に陥るような現象は、起こりませんでした。

余計な消耗をせずに済んで、助かりました。






  私の父のこと

父は私が幼少の頃から、さっきまで笑っていたのに何のきっかけでか急に怒り出したり、自分からは寄ってくるのに私が抱っこされにいくと嫌がったり、何というか、よく分からない怖い人でした。



笑わせたがるのに笑われるとイヤ。

外食先で発熱してご飯が食べられない私に怒る。

家具を買いに行って、気に入った(ちょうどいい)ものが見つからないと、癇癪を起こしてもう買ってやらん💢と帰ろうとする。

工業高校卒のメーカー勤務(入社時の配属は製造現場)なのに、尋常でなく手先が不器用。

あげるというと断るのに、奪う。(家族の中でよくあるいざこざレベル)

頼み事には軒並み舌打ち。

家の中で、どんなに足音を潜めて歩いても「うるさい」と怒鳴られる



こう書くと結構ひどいけど、性格は悪いわけじゃなかったと思います。
少々風変わりで、かつ昭和の頑固親父風味がものすごく強かっただけで。
記憶が薄いほどの小さな頃にはめっちゃ可愛がられていたし(写真が残ってる)、会社帰りにケーキを買って帰ってくれていたこともある(これも癇癪である日ぷっつり途絶えたけど)。
でも、面倒見はいいのに突然放り投げるようなところもあって、本当に意味がわからなかったんです。
それでいて、ものすごく自分本位な振る舞いをしながら、誰よりも当人が傷つくんですよねぇ。
こちらは反撃のつもりなのに、父からは攻撃と捉えられるし、たとえ言葉を尽くして話し合っても通じない。



私は、中学生頃から自分の身体がすごくしんどくて、でも病院に行くとどこも悪くないと言われるのに大学生くらいで疲れてしまいまして、心理学とか占いとか、色々首突っ込んで学んでいました。
学んでいるとどうしても避けて通れないのが親との関係で…。
そのつち、どうやら父のコレは性格ではないのかも?と思い始めたのが2017年頃です。
父が、何か抗えない衝動に振り回されているように見えてきたんですよね。
そこが、糸口だったのかも知れません。


固める反射、原始反射のことを知れて助かった。
思い切って根っこ研修に参加して、良かった。


  深まる理解


父の耳の過敏さ、今なら分かる。
子供に抱きつかれるのを嫌がったのも、今ならわかる。
年末の大掃除、換気扇などの上向きの姿勢の作業を心底嫌がっていたのも、最後は怒りのエネルギーで何とかこなしていたのも、理由が分かる。
父の箸だけやたら傷むのが早かったり(箸を噛むから)、父が食器を洗うと必ずどこか欠けたり壊れていたり、そういうのもすごく理解できる。
家族を嫌っていたんじゃない。
嫌がらせをしていたんでもない。
ただ、自分でもやりたくでも出来なかったり、やってもズレていたりで、喜ばれなかっただけ。
苦手なことを、さも出来て当然と言わんばかりに頼まれて腹が立っただけ。
固める反射・モロー反射・首の反射・手の反射・口の反射などが満載…


理解は出来るけれど、子供である自分に対してぶつけられた衝動のあれこれは、私にとってはやはりしんどかったし、父の帰ってくる物音で自分の部屋に避難したり、階段を上る足音でビクっとするような生活は、落ち着けなかったです。
今思えば、父との関係がそんな緊張をはらんだものになったのは、父が会社で出世した頃でしたので、彼は彼でキャパオーバーしていたのかもしれません。
一方で、誰のことも責めるでなく、正当化するでなく、ただ事実として、父が本当は得られる筈だった別の人生も、きっとあったのだろうと思います。
それを掴むには、あまりにも生き残り機能に特化した身体の父でした。


  これからのこと

自分の父のことだし、反射を積み残したまま逝ってしまったので、ちょっと語り口がしんみりしてしまいます。
でも、父の最後の数日間に何度か、反射の統合ワークをさせてもらえたのですよ。
それまで息が荒かった父が、スゥッと楽な顔になって眠ったことが、希望の光となって私の中に残っています。


また、今でも時々、父が家にいる頃に統合ワークを知っていたら、どうだっただろう?と考えます。
でもきっと父は元気であればあるほど、私に身体を触らせなかっただろうと思います。
こちらとしても、自分の親だからこそ、出来ないこともありますしね。


そんな時に、反射の統合ワーカーが地域に居て、その人の手を借りられたらいいなぁ、と思うのです。
整体に行くように、鍼灸院に行くように、身近に統合ワークがあればいいなぁ、と。

「そんなにしんどいんやったら統合ワーク行ってきぃ!」

って言葉が、普通に家の中で飛び交うようになったらいい。
ちなみに佐賀県には、店舗を構えている統合ワーカーさんがおられます。
しかも反射の統合ワークって受けたら受けた分だけ、進むからね。戻らないし。
ストレスや何かで活性化することはありますが、発達なので、戻りません。


未発達は、発達できます。
未発達による不器用さや過敏さ、衝動性は、個性でも性格でもありません。
反射の統合は、本人が生きたい人生を生きる土台になります。
望むなら、何歳からでも。


よろしければご連絡下さい。
貝塚市で反射の統合ワークをしています。

全国の統合ワーカーさん