阪神淡路大震災から25年
小学6年生くらいだっと記憶しています
凄い揺れに気づき目をあけると
爺ちゃんが覆いかぶさるように
自分のことを守ってた
今思い出しても涙が出る
自分の住んでいた地域は被害は少なかった
それでも少し離れたところは
大惨事になっている
しばらくたって親父は自分を連れて
神戸の長田まで炊き出しのボランティア
に出たりもした
親父の教育はいつも多くを語らず
行動し背中を見せること
時になんでそこまでするのか?
と息苦しく感じることもあった
最近諦めたっていうか受け入れたことがある
オレは爺ちゃんの孫で
親父の息子
とにかく熱い血が通っているということ
震災以降1.17の追悼ボランティアには
継続して参加している
今年、初めて息子を連れて参加した
追悼行事
生きていることに感謝です


